人生どん詰まりの女3人が再起を賭けて始めた商売は、“出合茶屋”。出合茶屋とは、お江戸のラブホテル。訳ありカップルがお忍びで訪れる茶屋では次々と事件が起こるが、そこで働く3人にも、それぞれ哀しい過去があった――。人生経験豊富な人だって、時には思いがけず揺らいでしまうことがある。それでも前を向き、逞しく働く江戸の女たちの姿に元気をもらえる時代小説『れんげ出合茶屋』。その発売を記念して、著者の泉ゆたか氏にお話を伺った。
【あらすじ】
夫と離縁してから独り気ままに女中をしてきたお咲は、新しい奉公先がある上野池之端を訪れる。不忍池の周辺に軒を連ねるのは、出合茶屋(ラブホテル)。お咲は、お志摩とお香とともにまったく新しい出合茶屋を作って商売繁盛を目指すが!?
──デビュー以降、働く人の姿を魅力的に活写してきた泉さんですが、今回の舞台は出合茶屋。出合茶屋こと、お江戸のラブホテルを主人公の職場に選んだ理由は何だったのでしょう?
泉ゆたか(以下=泉):学生時代に内装工事のアルバイトをしたことがあって、その現場のひとつにラブホテルがありました。奇抜な装飾や時代遅れの古い設備、天井裏に意味深な忘れ物があったりと、まるで廃墟となった遊園地を思わせるおどろおどろしい姿に衝撃を受けました。あの場所で先輩に叱られながら真面目な顔で働いたことは、すごく不思議な光景として心に残っています。その体験から今作の構想が浮かびました。
──興味深いアルバイトですね! 3人が開業する「蓮華屋」に訪れるお客さんもとてもユニークですよね。メインターゲットは裕福な女性たち。彼女たちは“よそにないサービス”を目当てに茶屋にやってくるわけですが、お店のイメージはどのように作り上げたのでしょうか?
泉:執筆にあたり出合茶屋の時代考証に加えて、現代のラブホテルや、江戸時代の春画についてなど、とにかく“性”にまつわる資料をたくさん読み込みました。常にちょっと苦笑いで、あまり身近な人には見られたくない楽しい経験でした(笑)。「蓮華屋」の“よそにないサービス”は、そんなふうに楽しく勉強をしていくうちにどんどん想像が広がっていきました。
──そんな「蓮華屋」の女たちは、慎重派のお咲、さばさばしたお志摩、妙な色気のあるお香と、性格もバラバラで個性的。キャラクターを作るにあたり、それぞれの登場人物に込めた思いや、泉さんご本人にもっとも近い性格の人物がいましたら教えてください。
泉:この物語のテーマにも繋がりますが、3人とも、普段は表と裏の顔をきちんと使い分けることのできる大人の女性にしようと意識しました。人生経験もあり、仕事柄ちょっとやそっとのことでは動じないはずの人たちが、思いがけず揺らいでしまうのはどんな時なんだろう、と想像しつつ書きました。3人の中に私に近い性格の人物は、いるのでしょうか(笑)。ちょっと自分では考えつかないのですが、性的に奔放なお香の恋愛を描いた章ではずいぶん彼女に入れ込んでいた気がします。
──お咲は炊事、志摩は金勘定、お香は接客と、3人の才能を出し合ってお店を盛り立てていきます。上手くいかない時も逞しく働く姿に元気をもらえます。泉さんにとって、働く人を描くことへの思い入れがありましたらお聞かせください。
泉:働くというのは職業を持ってお金を稼ぐことだけでなく、誰かのために行動する全てのことだと思っています。自分のことだけを思い詰めて生きるには、人生はなかなか苦しいものなので……(笑)。働く人を描くときは、誰かのために身体を動かすことの大切さを、自分自身にも言い聞かせるような気持ちで書いています。
──本作では、自立した女性が性を謳歌する一方で、冷めてしまった夫婦関係や予期せぬ妊娠問題など現代に通じる女性の悩みもリアルに描かれています。結婚観やジェンダー観が全く違うであろう江戸時代の“性”を描くにあたり、意識された点などはありますか?
泉:資料を調べていく中で、“性”が隠すべき恥ずかしいこと、淫靡なものだとされるのは西洋のキリスト教的価値観だと知りました。江戸時代の“性”というのは、人の生きる力を肯定する、笑える明るいものだったんだな、と。今作では他者との性的な関係が孕む傷や痛みを描きつつも、人間本来の“性“を前向きな力を持っているものとして描けたらいいなと思いました。
──本作は“性”と“生”に向き合った泉さんの新境地と言える作品ではないかと思います。執筆されての思いや読みどころなど、読者へのメッセージをお願いします!
泉:品のない表現が多々見受けられるかと、案じております。気心の知れたお友達と酔っぱらってお喋りするような気持ちで、どうぞ楽しんでいただけますと幸いです!
泉ゆたかプロフィール
1982年神奈川県逗子市生まれ。早稲田大学、同大学院修士課程修了。2016年『お師匠さま、整いました!』で第11回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。2019年『髪結百花』で第8回日本歴史時代作家協会賞新人賞と第2回細谷正充賞をダブル受賞し話題に。他の著書に『お江戸けもの医 毛玉堂』、『江戸のおんな大工』、「お江戸縁切り帖」シリーズ、「眠り医者ぐっすり庵」シリーズがある。