戦国の気風が残る江戸時代初期、徳川幕府公認の傾城町「吉原」が誕生した。吉原一の大見世「西田屋」女将の花仍は、町のために奔走する夫を支えながら、店を切り盛りしていた。幕府からの難題、遊女たちの色恋沙汰、陰で客を奪う歌舞妓の踊子や湯女らに悩まされながらも、やがて町の大事業に乗り出していく──。時代小説の名手が、江戸随一の遊郭・吉原の黎明と、そこに生きる人々の悲喜交々を描く傑作長編。

「小説推理」2019年10月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『落花狼藉』の読みどころをご紹介します。

 

親に売られた娘が躰も魂も磨き抜いて、大名とも対等に渡り合う――幕府が認めた「日本一の遊郭」、その礎の物語  吉原、ここに始まる

 

■『落花狼藉』朝井まかて  /大矢博子:評

 

幕府公認の遊女屋の町を作りたい──だが与えられたのは葦の茂る湿地だった。「吉原」の初めの一歩から転機までの70年を女将の闘いとともに描く!

 

 吉原、といえば今も史蹟などにその名を残す東京都台東区千束の界隈を思い浮かべる人も多いだろう。だが発祥は現在の日本橋人形町から富沢町にかけての地域だった。

 遊女屋の町という共同体を作ったのは駿府から上ってきた娼家の主人、庄司甚右衛門である。『落花狼藉』は吉原という町がいかにして生まれ、どんな危機があり、どんな努力と工夫で大きくなったのかを、甚右衛門が営む「西田屋」の女将・花仍の目を通して描いた吉原勃興記だ。

 江戸開闢間もない頃、都市建設が急ピッチで進む中、遊女屋は幕府の都合で移転を強制されることが多かった。そのため甚右衛門は江戸市中の遊女屋に声を掛け、幕府と交渉して隅田川沿いの葦の生う辺地を遊女屋の町にする許可を得たのだが……。

 遊郭を舞台とした物語は、華やかさと、その裏にある売られてきた女の悲しみを描くものが多い。だが本書に描かれるのは「経営」だ。そこにまず惹かれた。

 町づくりに始まり、幕府から売色御免の許しを貰うまでの駆け引き。公許は与えられたものの市中への遊女の派遣を禁じられたり(そんなシステムもあったのか!)、歌舞伎の踊り子や風呂屋に客を奪われたり。いかにして吉原に足を運んでもらうか、そのために町で一丸となってできる工夫はないか。店の足並みが揃わなかったり、そのせいで悲劇が起きたり……。そして江戸の半分を焼く大火事。

 相次ぐ困難を乗り越える知恵と気概を描く一方で、物語に情と彩りを加えるのが、花仍から見た〈吉原の人々〉の物語だ。花魁道中の衣装を女将たちが集まって考える様子はとても楽しげだし、遣り手婆の憎まれ口も威勢がいい。その一方で、親に売られてきた娘がいる。年季が延びて悲恋に泣く太夫がいる。そんな遊女たちを守り、磨き上げて送り出してやりたいと考える花仍。花仍の二十代から晩年までを描く本書は、女将の成長物語でもあるのだ。

 遊郭の内情は決して綺麗事ではない。それでも、自分たちの町をつくり、守ることに生涯をかけた人たちがいて、その努力と思いが受け継がれることで、吉原はあれだけの隆盛を極めたのだと思うと、胸が熱くなった。

 なお本書は、慶長から延宝年間にかけて約70年に及ぶ江戸風俗史小説でもある。庶民が政治の動きに翻弄される様子や黎明期の歌舞伎や芝居の描写、経済の中心が武士から商人に移る過程なども実に興味深い。この続きをぜひ読んでみたいものだ。