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 2015年刊行のデビュー作『君の膵臓をたべたい』で一躍ブレイクした小説家・住野よるさんが、約1年半ぶりとなる最新長編『腹を割ったら血が出るだけさ』で選んだ題材の1つが、アイドル。「この小説を書くきっかけとなった人が、2人います」。キーパーソンの2人目は、高井つき奈さん。アイドルグループsimpαtix(シンパティクシュ)のプロデューサー兼メンバーだ。

(取材・文=吉田大助 撮影=小島愛子)

 

フィクションっぽいことも
セリフで言わせられる理由

 

住野よる(以下=住野):この小説を書くにあたって、アイドルの裏側を暴露する、みたいな話には絶対したくないなと思っていました。アイドルのカッコよさって、ファンのためにカッコつけてくれるところだなと僕は思っているんですよね。それに対して「嘘吐き」という人も世の中にはいると思うんですが、その「カッコつけ方」をカッコよく書きたかったんです。そして、僕の知る素晴らしいカッコつけ方をされてるのが、高井さんなんです。例えば、小説の中で「みんな早く私を推して、大切にされればいいのに」という〈朔奈〉のツイートが出てくるんですが、これは高井さんがリアルにつぶやいていた言葉ほぼそのままなんですよ。

 

高井つき奈(以下=高井):急に恥ずかしくなってきました……。

 

住野:めちゃめちゃカッコいいですよ。それを見た時に感動して。どれくらい感動したかというと、僕の大好きなロックバンドのボーカルの方がファンの方から「ロックって何ですか?」と聞かれて「君さ」と答えていたのを見た時と同じぐらいです。

 

高井:ええっ!!(笑)

 

住野:高井さんはスターみたいな人だなと、個人的に思っていますね。

 

高井:そんなにカッコいい人間になれているかどうかはわからないですけど「カッコつける」という感覚はなんとなくわかります。ファンの人の前ではちゃんとアイドルでい続ける、というのがアイドルとしての「カッコつけ方」なのかなと思うんですよね。私自身もアイドルが好きなので、自分が応援しているアイドルに対して「プライベートを持ち込まないでほしい」と思ったりしてしまうタイプなんですよ。だって、テーマパークの着ぐるみが、わざわざ頭の被り物を自分から外さないじゃないですか(笑)。

 

住野:プロデューサーもされているし、ご自身がアイドルを愛しているからこそきっと「アイドルはこうであってほしい」という思いも出てくるんですね。

 

高井:そうですね。ファンの人の前では、アイドルとしての自分だけを切り取って見せればいい。それが住野さんには「カッコつけてる」と見ていただけているんだと思います。

 

住野:今のテーマパークの比喩は〈朔奈〉が言いそうだなって思いました(笑)。高井さんに僕が感じているカッコよさを抽出して、別人格に仕立てていったのが〈朔奈〉なので。

 

高井:〈朔奈〉は私にとって理想のアイドルだなと思いました。自分の中に凛としたアイドル像を自分でちゃんと持っていて、グループのリーダーとして他のメンバーのことをよく見ているし、他のメンバーも〈朔奈〉のことを信じて、頼っている。私の「こうありたい」という思いが住野さんに伝わったことで〈朔奈〉が生まれたんだとしたら、ある意味、自分の考えは間違っていなかったなって自信を持てるきっかけになりました。

 

住野:綾称さんをモデルにした〈樹里亜〉を始めとする他のキャラクターと、高井さんをモデルにした〈朔奈〉との違いで1番大きいのは〈朔奈〉にはフィクションっぽいセリフをためらわず言わせられるところなんです。高井さんの存在を思い浮かべれば〈朔奈〉ならこれぐらいのこと照れずに言うだろう、とゴーサインを出せるんですよね。これも作品に入れようかどうか迷って結局やめた高井さんのツイートがあって、ファンのみんなへのいいね!はキスでしてる、みたいな。

 

高井:それはネタです!(笑) でも、熱量的にはそれぐらいの気持ちでしていますね。

 

住野:「そんなわけないやろ!」って、普通なら思うじゃないですか。でもそのツイートを見た時に、高井さんだったら本当かも、と思わせてくれるパワーがある。一見「そんなわけない」と思うようなことも、高井さんがおっしゃられると信じさせる力を伴っている気がするんですよね。

 

 

小説への熱量を失った
それでも、また書こうと思った

 

高井:〈朔奈〉の最後のセリフ、すごくすごく好きでした。私が住野さんにお話した言葉ではなかったと思うんですが、自分の気持ちが具現化しているって感じたんです。

 

住野:嬉しいです。〈樹里亜〉には彼女なりの、〈朔奈〉には彼女なりのカッコよさがあると思うんですよ。そのセリフは、〈朔奈〉のカッコよさをぎゅっと圧縮して書いたものでした。これはヘンな質問になっちゃうかもしれないんですけど、小説の中で〈樹里亜〉のことをずっと叩いているアンチの男の子が出てくるじゃないですか。ああいう子のこと、どう思いますか。

 

高井:「好き」とは真逆の方向に熱量をつぎ込んでしまっている状態じゃないですか。熱量はそのままに、矢印の向きを変えて「好き」になってもらえたらいいのになって思います。

 

住野:やっぱり、めちゃめちゃカッコいいことおっしゃられますね!

 

高井:難しいことですけどね。私自身はここ1年くらい、アイドルとして活動していない期間が続いてしまったんですが、今後の活動でそういうことが起きたら本当に幸せなことだなって思います。住野さんの今回の小説も、きっと読んだ人の中でそういうことが起こるんじゃないかと思うんです。

 

住野:ありがとうございます。実は、この小説を執筆中に、小説に対するエネルギーを完全に見失った時期があったんです。書くことも、他の方の小説を読むことすらもできなくなってしまった。そんな時に、先輩作家さんから助言をいただいたんですね。「自分のために書いたほうがいいですよ」って。たぶん僕は、その大前提を忘れていました。「自分のために」を優先させることで、また小説を書こうと思えるようになったんです。その「自分のために」の中身は何かというと、僕の場合、登場人物たちへの愛なんですよ。〈朔奈〉や〈樹里亜〉のことが大好きで、彼女たちのことをみんなに知ってもらいたいから、小説を書いたし本にしたいと思った。なので、その2人のモデルになってくださった高井さんと綾称さんには、本当に感謝しているんです。

 

高井:私も本当に感謝しています。この小説を読んだことで初心に返れたというか、これからもアイドルとして頑張っていきたいって自分の気持ちを確認することができました。

 

住野:高井さんと綾称さんには、今後もご協力いただきたいことがあるんです。これはまだオフレコなんですが……(秘密の打ち明け話)。

 

高井:ええー!?

 

住野:また今度、じっくりお話させてください(笑)。

 

住野よる(すみの・よる)プロフィール
高校時代より執筆活動を開始。2015年『君の膵臓をたべたい』でデビュー。同作で2016年「本屋大賞」第2位、Yahoo!検索大賞“小説部門賞”など、数多くの賞を受賞した。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』、「麦本三歩の好きなもの」シリーズなど。ライブハウスと書店が好き。