前編はこちら

 

 2015年刊行のデビュー作『君の膵臓をたべたい』で一躍ブレイクした小説家・住野よるさんが、約1年半ぶりとなる最新長編『腹を割ったら血が出るだけさ』で選んだ題材の1つが、アイドル。「この小説を書くきっかけとなった人が、2人います」。キーパーソンの1人目は、綾称さん。アイドルグループ・BiSの元メンバーだ。

(取材・文=吉田大助 撮影=小島愛子)

 

綾称さんがモデルの〈樹里亜〉は
『刃牙』の〈愚地独歩〉です!

 

住野よる(以下=住野):3年前にお会いした時に、綾称さんから伺ったお話は小説の中にいっぱい入っています。例えば、これはネタバレなので詳しく言えないんですが、〈樹里亜〉の最後のセリフですね。第2期BiSの最後のツアーを観に行った時に、綾称さんがステージ上でおっしゃっていた「未来」にまつわる言葉がものすごく印象的でした。その時の気持ちを詳しく伺っていくなかで、ご本人が双葉社の会議室でおっしゃった言葉をほぼそのまま使っているんです。

 

綾称:全く記憶にありません(笑)。あんなカッコいいことを私、言っていましたか?

 

住野:言っていました(笑)。その言葉を終盤に置こうと決めたことで、本の内容が固まったんですよ。「その言葉で心動かされる人がいたとしたら、どんな子だろう?」というところから〈茜寧〉という高校生の女の子が生まれて、彼女が憧れる〈あい〉も生まれたんです。

 

綾称:確かに〈樹里亜〉のパートは読めば読むほど、考えに共感できすぎて恥ずかしくなってくる、みたいな感覚はありました(笑)。誰にも言ったはずのないことが、〈樹里亜〉のパートで出てくるんですよ。例えば、全部がウソだと単なるウソになっちゃうけど、ウソの中に真実が1個あると、ウソか本当かがわからなくなってくる。ウソで塗り固めるより真実を混ぜる方が、自分の感情も乗ってきていいんじゃないかという考え方は……「住野さんに私、この話したっけな?」と。

 

住野:僕の記憶が正しければ、その話は伺ってないんですよ。

 

綾称:やっぱりそうですよね!!  住野さん、エスパーだ。

 

住野:〈樹里亜〉のことを考えていたら、たまたま重なったみたいです(笑)。〈樹里亜〉は綾称さんをモデルにしているんだけれども、綾称さんをそのまま書くのではなくて、別人格として書いたんですよね。アイドルさんとして活動された方の話を聞いて、それをそのまま書くのって、小説家というよりもライターさんのお仕事だなと思ったんです。だから……イメージとしては『刃牙』の〈愚地独歩〉です。

 

綾称:どういうことですか(笑)。

 

住野:〈愚地独歩〉って空手のめっちゃ強いおじさんなんですけど、この人のモデルは実在する空手家さんなんですよ。語り継がれてるエピソードが漫画の中にいっぱい入っているんですけど、でも別人格なんです。……それです!!

 

綾称:(笑)

 

 

インパチェンスだけを扱った
短編集計画、発動!?

 

住野:3年前のお喋りで得た大きなものが、もう1つあります。アイドルさんたちが、ファンの方たちを大切に思う気持ちは1ミリもウソじゃないってところです。

 

綾称:アイドルをやっている人たちは、みんな一緒だと思います。自分を応援してくれてありがとう、と。私はただただ自分が楽しいと思うことをやっているだけなのに、むしろ感謝してもらえるんですと。本当にファンの方に恵まれていますね。

 

住野:僕はこの2、3年、綾称さんのインスタを追っかけたり過去のインタビュー記事などを改めて読むのと同時に、ゴ・ジーラファンである人たちのTwitterとかも追っていたんですよ。綾称さんがご結婚と出産を発表された時に、「サプライズしか飛び出してねえ」って言ってるファンの方がいて、確かにって思ったり(笑)。でも、めちゃくちゃみんな喜んでいたんですよね。この関係性って、特別なものだなぁと思うんです。

 

綾称:そう思います。私は今、STINGRAYというアパレルブランドのメンバーをやりつつ、まだ一度もライブしていないKASVEというバンドに所属しているんですが、この間もSTINGRAYのイベントに昔からのファンの方が来てくれて、「幸せならそれでいいよ!」って。「早く活動してよ!」とかじゃないんですよ。みんな優しいんです。ただ、さすがにそろそろ活動します(笑)。KASVEも、曲と夢だけはいっぱいあるんですよ。

 

住野:僕もまたステージに立たれる綾称さんを見られる日を楽しみにしています。

 

綾称:住野さんの今回の小説にご協力できてよかったなと思うのは、私をモデルにして書いてくださった〈樹里亜〉が、めちゃくちゃかっこいいんです。これから人生の分岐点に立った時にこの本を読み返せば、「こっちだ!」というふうにより面白い方を選んで進んでいける気がします。いい人生の指南書をいただけました。

 

住野:僕にとっても〈樹里亜〉と〈朔奈〉は、憧れなんです。デビューしてから7年間で出してきた本の登場人物の中で、1番かっこいいと思っているんですよね。それは、綾称さんと高井さんのおかげです。早くこの登場人物たちをみんなに紹介したいと強く思っていますね。〈樹里亜〉と〈朔奈〉が所属するインパチェンスのことも、早くみんなに知ってもらいたい。これまでいろいろなアイドルさんたちを好きになってきましたが、僕は今、インパチェンスが最推しなので、ファンを増やしたい(笑)。

 

綾称:私もあのグループが大好きです。考えてみれば私たち、彼女たちの最古参のファンですよね。

 

住野:確かに!(笑) 実はインパチェンスの7人のメンバー全員に、作中には一切出てこないサブストーリーを作ってあるんですよ。いずれインパチェンスだけを扱った短編集を出したいんです。短編ごとにメンバーを変えながら、結成から解散する日までを書きたいなと思っています。

 

綾称:それ、めちゃくちゃ読みたいです。でも……解散はやめてほしい!(苦笑)

 

 

住野よる(すみの・よる)プロフィール
高校時代より執筆活動を開始。2015年『君の膵臓をたべたい』でデビュー。同作で2016年「本屋大賞」第2位、Yahoo!検索大賞“小説部門賞”など、数多くの賞を受賞した。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』、「麦本三歩の好きなもの」シリーズなど。ライブハウスと書店が好き。