痛快な戦国足軽出世物語として人気の時代小説「三河雑兵心得」シリーズ。最新刊8巻では、信長なき世をめぐり、家康と秀吉の対立が深まる中、主人公の茂兵衛は新たに版図となった信濃に派遣される。彼の地でまみえたのは有力国衆である真田昌幸。茂兵衛は老獪な昌幸にすっかり翻弄されてしまう──。
多くの読者を惹きつけてやまない同シリーズ。注目の8巻の発売を記念して、歴史タレントの小栗さくらさんのレビューをご紹介します。
■『三河雑兵心得 8 小牧長久手仁義』井原忠政 /小栗さくら:評
歴史小説を読まない人にも、受け入れやすいシリーズ
三河雑兵心得シリーズ第8弾が発売した。本シリーズは、百姓の茂兵衛が、弟のため村人を懲らしめるつもりが、殺してしまったところから始まる。村にいられなくなった茂兵衛は、夏目次郎左衛門を紹介されて故郷をあとにした。夏目次郎左衛門といえば、「三方ヶ原の戦いで徳川家康の身代わりに死した忠臣」として知られる人物である。
足軽から始まった茂兵衛は、第8弾では足軽大将に出世している。村を出てから20年経っているが、最新刊から読んでも茂兵衛が生きた「時の流れ」は感じられることだろう。
茂兵衛は父の代わりに母や弟妹を支えていたからか面倒見が良い。その面倒見の良さが仇となり、やり過ぎて村を出ることになったが、短所も置かれた立場が変われば長所になり得るものだ。シリーズでは、茂兵衛は大久保彦左衛門や松平善四郎らの面倒を見て、良い変化をもたらしてきた。そして今回『小牧長久手』では、本多忠勝から「花井庄右衛門」という男を配下に置くよう頼まれる。花井は徳川にとって、安祥以来の名家であるために無下にできないが、庄右衛門は戦に不向きすぎる男だった。
この花井庄右衛門をどう使うかを取り巻く問題が非常に面白い。徳川家内部の衝突も、庄右衛門のことも、すべて現代社会に置き換えられる問題として読めるのだ。庄右衛門は理解力が弱く、戦に向かない。それだけでなく、下手をすれば茂兵衛やほかの配下たちの命を危険に晒す可能性もある。だが名家なので適当な扱いはできない。決して悪い男ではないが、茂兵衛にとっては厄介だ。しかし茂兵衛は、庄右衛門を鍛えながら、ほかの者への配慮を怠らないという巧みな気の回し方をしている。具体的にどうしたのかは本書を読んでもらいたいが、中間管理職の辛さを感じるとともに、参考になる部分もありそうだ。
小牧長久手の戦いまでの流れは、徳川家内部の主戦派と慎重派のぶつかり合いで描かれており、ここでも本音を言えない茂兵衛の立場に同情する。しかしそれは、茂兵衛が子を持ったことで起こった変化でもあった。村にいたころ、乱暴者として家族も困らせていた茂兵衛が、守る者を持ったがゆえに無難を選ぶところはリアリティがある。
ラスト、戦が終わった後の家康や忠勝からの不条理も、社会での「あるある」として共感する人は多いのではないか。普段歴史小説を読まない人にも、受け入れやすいシリーズとしておすすめしたい。
小栗さくら
博物館学芸員資格を持つ本格派・歴史タレントとして主にテレビ番組やイベントなど出演。また、歴史小説作家、歴史をテーマに歌をうたう歌手としてマルチに活躍中。関ケ原観光大使、いずのくに北条PR大使を務めている。