「この時代小説がすごい! 2022年版」で、文庫書き下ろし時代小説ランキングの第1位に選ばれた「三河雑兵心得」シリーズ。家康の天下取りを雑兵からの視点で描いた戦国時代小説は、戦国時代の三河を舞台に、村を飛び出した17歳の茂兵衛が松平家康の家臣に拾われ、足軽稼業に身を投じるところから始まる。

 最新作のメインは、真田家登場からの小牧長久手の戦い。信長なき世をめぐり事態は風雲急を告げ、茂兵衛は新たな戦いに身を投じていく。

「小説推理」2022 年4月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと書籍の帯で、待望の最新刊『三河雑兵心得 小牧長久手仁義』をご紹介する。

 

三河雑兵心得 8 小牧長久手仁義

 

■『三河雑兵心得 小牧長久手仁義』井原忠政  /細谷正充:評

 

徳川家康の下で、鉄砲大将にまで出世しても、植田茂兵衛の悩みは尽きない。井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズ第八弾。今度は小牧長久手の戦いだ。

 

 昨年の暮れに出たムック『この時代小説がすごい! 2022年版』の文庫書き下ろし時代小説のランキングで、井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズが、第1位を獲得した。それも納得。徳川家康の下で、雑兵から出世していく植田茂兵衛の躍動を描いたストーリーが、すこぶる面白いのだから。本書は、そのシリーズの最新刊だ。

 織田信長の死後、伊賀越えの危機も乗り切った家康は、五ヶ国の太守になった。一介の雑兵を振り出しに、20年にわたり戦場を駆けてきた茂兵衛も、今では百余名を率いる鉄砲大将である。我武者羅に生きてきた茂兵衛だが、子供がふたり生まれたことで、世間の評判が気になるようになった。その弱気が仇になったのか、本多平八郎から、徳川直臣の花井庄右衛門を押しつけられる。伊賀越えのときに、共に戦った仲だが、庄右衛門はとにかくトロい。しかたなく予定していた小栗金吾を外し、庄右衛門を4人目の寄騎にした。

 そんな茂兵衛たちが、信濃惣奉行の寄騎として、東信濃に派遣される。上田城で有力国衆の真田昌幸に会うなどしながら、7ヶ月を東信濃で過ごした茂兵衛。だがその間に、羽柴秀吉と家康との間で開戦の気運が高まっていた。

 鉄砲大将にまで出世した茂兵衛だが、その地位ならではの悩みがある。主君の意向に振り回されるし、部下たちをまとめるのも一苦労だ。とはいえ彼には、今までの人生で積み重ねてきた世間知があった。東信濃に着くまでの道中での、金吾の扱いは、見事な人心掌握術と操縦術といえるだろう。なんだかんだいって、庄右衛門の面倒を見るのも、茂兵衛のいいところ。シリーズを読んで分かっているのに、あらためて主人公の魅力を感じてしまうのである。

 そして物語の後半になると、織田徳川連合軍と羽柴軍が戦った、小牧長久手の戦いに突入。茂兵衛と鉄砲隊も出陣する。鬼武蔵と呼ばれた森長可を狙ったときの、茂兵衛の采配などは、戦場往来の古強者らしい、したたかなものであった。戦国小説の華である合戦描写も、大いに楽しめるのである。

 さらに、茂兵衛の悩みが、家康の悩みと重なり合う点にも注目したい。実は非戦派だったが、家臣と状況に押されて戦をした家康。その気持ちと立場を読者は、茂兵衛の悩みを通じて、すんなり理解できるのである。あくまでも主人公に焦点を合わせながら、歴史の大きな流れを表現する、作者の手腕が鮮やかだ。