『仮面病棟』『硝子の塔の殺人』「天久鷹央」シリーズなど、医療ミステリーのヒットを連発する知念実希人。『ムゲンのi』は、著者が「魂を込めて書いた最高傑作」と語る作品で、2020年本屋大賞ノミネート作であり、TikTokで話題の小説紹介クリエイター・けんごさんが選出する「2019年けんご大賞」を受賞した。
若き女医が眠りから醒めない謎の病気〈イレス〉と連続殺人鬼に立ち向かう、医療×ファンタジー×ミステリー大作。文庫刊行に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2019年11月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューにて『ムゲンのi(上・下)』をご紹介する。
■『ムゲンのi』(上・下)知念実希人 /細谷正充:評
ひとつの物語に、どれだけの題材とアイディアが盛り込まれているのか。凄い、凄すぎる。これは知念実希人の、エンターテインメント全部乗せである。
いったい本書に、どれだけの題材とアイディアが盛り込まれているのだ。作者の知念実希人が、「命を削り、魂を込めて書き上げた私の最高傑作です」といっているが、この言葉に偽りなし。まさに渾身の傑作である。
長期間のレム睡眠を継続し、そのまま延々と昏睡に陥る。特発性嗜眠症候群――通称『イレス』は、全世界で400例しか報告がない奇病であり、治療法も確立していない難病だ。その『イレス』が、同時に東京で発生。4人の男女が、昏睡状態になった。神経精神研究所附属病院に勤務する識名愛衣は、そのうちの3人を担当。先輩の杉野華が、1人を担当している。しかし2人とも、治療の糸口すら掴めない。
そんなとき、実家に帰った愛衣は、祖母に導かれ、ユタ(沖縄の霊能力者)の力を手に入れる。この力で“夢幻の世界”と呼ばれる患者の夢の中に飛び込んだ彼女は、自分の魂の分身だという、うさぎ猫のククルと共に、マブイグミ(魂の救済)に挑むのだった。
ヒロインが難病に立ち向かう医学小説かと思ったら、いきなりユタや夢幻の世界が出てきてファンタジーになり、いささか驚いた。だが、このジャンル・ミックスは序の口だ。まず患者の1人、片桐飛鳥の夢の中に入った愛衣は、彼女が絶望に陥ることになった事件を追体験。医学の知識を使い、意外な真相を明らかにし、飛鳥の魂を救済するのだ。この部分だけで独立した作品にできるほど、ミステリーとしての完成度は高い。
次に愛衣は、佃三郎の夢の中に入る。弁護士の仕事でミスを犯したと思い、絶望している三郎の魂を救おうとするのだ。その方法が法廷での三郎との対決になる。なんと法廷小説になってしまうのだ。この法廷場面の迫力が凄い。タイムリミットの要素も加え、読みごたえは抜群だ。
しかもストーリーは、ここから飛躍的に面白さを増していく。通り魔による連続殺人事件。華が担当している患者の謎。酷い虐待を受けていた少年。そして愛衣のトラウマになっている、23年前の事件。幾つものエピソードが絡み合あう物語の行方は、まったく予測不能。その果てにたどり着いた真実に、驚嘆するしかないのだ。
さらに本書は、愛衣の成長物語や、家族小説にもなっている。これでもかとネタを投入し、多数のジャンルを融合させた、作者の豪腕が素晴らしい。贅沢きわまりない、エンターテインメント・ノベルなのである。