「京都寺町三条のホームズ」シリーズなどで知られる望月麻衣氏が『旋律 君と出逢えた奇跡』を刊行。

 幸せだと自分に言い聞かせながら、主婦として平凡な日々を過ごす西沢円香。唯一の楽しみは、端正な顔立ちの男子高校生とすれ違うことだった。しかし、夫が自分を裏切っていることを知った時、すべてが狂い始めて、すべてが動き出す。望月麻衣が送る、初の純愛小説!

 書評家・細谷正充さんのレビューと帯と共に『旋律 君と出逢えた奇跡』(双葉文庫)の魅力をご紹介する。

 

旋律 君と出逢えた奇跡

 

■『旋律 君と出逢えた奇跡』望月麻衣  /細谷正充:評

 

「京都寺町三条のホームズ」シリーズで知られる望月麻衣の新刊が出版された。といっても「あとがき」によれば、本書の原型となった作品は、作者がWEBに小説の投稿を始める前に書いたものとのこと。まさに原点といえる物語なのだ。これだけでファンなら、本を手に取ることだろう。また、多数の著書がある(本書が51冊目)ので、望月作品に興味を覚えながら、どれから読んでいいか分からない人にも、お薦めしやすい1冊となっている。

 物語の主人公は、専業主婦の西沢円香だ。現在、31歳。短大卒業後、派遣で入った一部上場企業の社員である和馬と結婚。娘の亜美が生まれると、東京郊外に一軒家を購入した。その亜美も3歳になり、幼稚園に通っている。傍から見ると、平凡で幸せな生活である。

 だが夫婦の間には、隙間風が吹いていた。和馬の円香に対する態度は、どんどん悪くなっていく。セックスも、2人目がほしいための義務感のようになっている。夫に軽視されていることを感じ、悲しむ円香。密かな楽しみは、道ですれ違う美少年の高校生を、それとなく見ることだ。ところが、ひょんなことからその高校生──広瀬楓と知り合う。物おじしない亜美が楓に懐き、ふたりは徐々に接近していく。

 一方、和馬は、会社のOLの城崎美華と浮気していた。かつて職場が同じだったこともあり、連絡をくれる美華を円香は友達だと思っている。しかし、美華は円香に嫌がらせをするようになり、しだいにエスカレートしていくのだった。

 和馬と美華の不倫関係は、実に典型的である。一連の和馬の言動や心情も典型的だ。だが狙って、そのように書いているのだろう。ありふれているがゆえに和馬たちの不倫はリアルであり、だからこそ夫への疑念を募らせていく円香の感情の揺れに惹きつけられるのだ。

 そんな円香の支えとなるのが、楓との関係である。14歳の年の差がある、専業主婦と高校生が、しだいに心を通わせていく。円香がピアノを、楓が英語を、互いに教え合うようになる。普通ならあり得ない事態を、作者は巧みなエピソードを積み重ねることで、読者に納得させるのだ。その過程で、品行方正で弁護士を目指すほど優秀な楓の抱えている、過去の事情も露わになる。円香と楓の人物造形が素晴らしく、ふたりの関係がどうなるのか、目を離せなくなるのだ。

 円香と楓の関係について、詳しく書くことは控えよう。こんな形の絆があるのかと、切なくも温かな気持ちになった。ここが作者の、もっとも表現したかった部分だろう。ピアノの美しい“旋律”のように、心に響く作品なのである。