2018年12月に刊行された『エースの遺言』(久和間 拓・著)が文庫化された。
文庫刊行に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2019年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューをご紹介する。
■『エースの遺言』久和間 拓 /細谷正充:評
小説推理新人賞受賞作を含む久和間拓のデビュー短篇集。バラエティに富んだ内容からミステリーのセンスが伝わってくる。この新人、大いに注目したい。
第38回小説推理新人賞受賞作を表題にした、久和間拓のデビュー短篇集が刊行された。収録されているのは4作。すべての物語から、作者の持つミステリーのセンスが、強く伝わってきた。2018年のラストに、ミステリー・ファンが注目すべき新人といっていい。
冒頭の「エースの遺言」は、沓掛高校野球部出身のプロ野球選手の、引退記念式典に、同高野球部の元監督・徳重隆がやってくる場面から始まる。25年前、甲子園に出場した沓掛高校は、決勝戦までいった。原動力となったのは、プロ確実といわれるエース・ピッチャーの本橋哲司だ。しかし連投が続き、疲れが見える。エースを使うかどうか悩む徳重。そんな彼に本橋は、決勝戦が終われば野球を止めるといい、投げさせてくれるよう懇願する。甲子園優勝に心が揺れた徳重は本橋を起用するが、奮闘むなしく敗北。さらにある事情から本橋を潰したとの批判が巻き起こり、徳重は監督を辞め、身を潜めるように生きてきた。だが式典の会場で本橋と再会した徳重は、一連の件に関する、隠された真実を知ることになるのだった。
過去の真実そのものは、さして意外なものではない。だが読んでいる間は、まったく想起しなかった。語り口が巧いからだ。本橋を潰してしまったかもしれないという慚愧。批判によって変わってしまった人生に対する諦念。式典に来たことへの迷い。徳重の感情の揺らぎが、簡潔に表現されている。そちらに興味を惹かれていたため、真実に驚くことになったのだ。ストーリーによって、サプライズを際立たせる。ここに作者のセンスを感じることができた。
続く「秘密」は、ひとり暮らしをしている老人の家を訪問することが、生き甲斐になっている元看護師が主人公。彼女の視点から、ある殺人事件の顛末が綴られる。事件の真相から明らかになる、老人の想いが読みどころだろう。
この他、出世競争をするサラリーマンの隠し事が交錯する「切られぬジョーカー」、高校駅伝部の用意したタイムカプセルが行方不明になる「約束」も面白い。「切られぬジョーカー」では、嫌な人間も描けることが証明された。一方「約束」は、ストーリーに仕掛けあり。こういう方向に捻るのかと感心した。また、スポーツ小説としても楽しめるのだ。
このように作者は4つの作品で、さまざまなミステリーのセンスと、小説ジャンルの可能性を示した。だから、さらなる飛躍を確信できるのである。