『絆』で日本推理作家協会賞長篇部門賞、『土俵を走る殺意』で吉川英治文学新人賞を受賞し、推理作家として確たる地位を築いた著者。推理小説のヒット作を生み出す一方で、数多くの時代小説シリーズも精力的に上梓してきた。この「蘭方医・宇津木新吾」シリーズもそのひとつ。治療費をいっさいとらない謎の名医・村松幻宗に心酔する若き蘭方医・宇津木新吾が、理想と現実の狭間で苦しみながら成長をしていく物語だ。

 この巻では、松江藩の藩医である新吾が、拷問を受けたと思しい奧女中の治療をしたことから、陰謀に巻き込まれていくことになる。

「小説推理」2022年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯デザインと共に『蘭方医・宇津木新吾 間者』をご紹介する。

 

蘭方医・宇津木新吾 14 間者

 

■『蘭方医・宇津木新吾 14 間者』小杉健治  /細谷正充:評

 

松江藩の奥女中が、中間と心中した。この一件に深い闇を感じた、蘭方医の宇津木新吾が真相を追う。小杉健治の人気シリーズ、絶好調の第14弾だ。

 

 小杉健治の「蘭方医・宇津木新吾」シリーズの第14弾が刊行された。さまざまな事件に関わりながら、医師としての高い理想を掲げる新吾。曲折を経て松江藩のお抱え医師に返り咲き、前作で藩の抱える大きな秘密を知った。その一件が、まだ尾を引いているようだ。

 松江藩の年寄・向井主水介の屋敷に呼び出された新吾は、拷問されたような傷に苦しむ女中の施療をした。向井に詳しい話を聞くが、口を濁される。なにやら訳ありらしい。独自に調べ始めた新吾は、女が奥女中のおきよであることを確信する。また、与助という中間が、消息不明になっていることも知った。

 旧知の幕府隠密・間宮林蔵から、おきよと与助が松江藩に送り込んだ間者だと聞かされた新吾。その後、ふたりの死体が、朽ちかけた川船の中で発見される。状況から心中と判断されたが、新吾は納得できない。お抱え医師を辞めさせられるかもしれないと思いながら、真実を追い続けるのだった。

 長期シリーズであり、さらに物語は前作から続いている。しかし、いきなり本書から読み始めても大丈夫だ。作者は最初の方で、シリーズの流れを簡潔に説明し、作品世界に優しく導いてくれるのだ。プロの手腕である。

 それはストーリーにもいえるだろう。おきよと与助が死に至る経緯は、早い段階で明らかになる。だが、ふたりが死ぬ原因となった松江藩の秘密が分からず、読者の興味は持続する。また新吾は、柳原の土手で斬り殺された、棒手振りの清助の一件にもかかわる。清助に端を発した、人間ドラマが面白い。

 しかも清助の一件が、ふたりの間者の一件とクロスし、醜い事件の構図が浮かび上がる。真相に迫る新吾は、何度も命を狙われる。それでも彼が止まらないのは、「私は事件に巻き込まれて殺された者の無念を晴らしたいだけなのです」という、純粋な想いに突き動かされているからだ。医師としてだけではなく、人間としての信念を貫く主人公の活躍が、気持ちのいい読みどころになっているのである。

 なお、本書には先が気になる要素も、いろいろと仕込まれている。新吾を気に入っている、高野長英の存在。新吾の岳父で、今は町医者をしている上島漠泉を、表御番医師に復帰させようという動き。本作で生まれた強敵との因縁。これらの要素が、今後のシリーズでどう使われるのか、楽しみでならない。