百花輪の儀。それは華信国の五つの領地よりそれぞれの代表となる貴妃を後宮に迎え、もっとも皇帝の寵愛を受けた一人が次期皇后に選ばれる一大儀式だ。

 後宮に憧れる武術家の娘・明羽は、北狼州代表の來梨姫の侍女として後宮で働き始める。しかし明羽が仕える主は、引き籠り気味の「負け皇妃」だった……! 落胆する明羽をよそに、たった一人の百花皇妃の座をめぐる凄絶な戦いの火蓋は切って落とされた――。

 書評家・細谷正充さんのレビューで、美貌や知略、財力を賭して戦う女たちの姿を描く『後宮の百花輪』の魅力をアツくご紹介します。


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 中華風の世界を舞台にしたファンタジーは昔からあるが、日向夏の『薬屋のひとりごと』や、雪村花菜の『紅霞後宮物語』が人気を獲得してから、後宮物が一気に増えた。その〝後宮〟に、ライトノベルから一般文芸まで、多彩な作品を発表している瀬那和章が、『後宮の百花輪』を引っ提げて乗り込んできた。

 第一巻の冒頭に、「華信国では、若い娘を中心に『後宮小説』が大流行していた」という一文がある。後宮物の人気が高いことを、承知しているとの表明であろう。おそらくは、その上で面白い後宮物を提供するという宣言でもあるのだろう。これはもう、期待せずにはいられないではないか。

 物語の舞台は、大陸の六割を国土とする華信国の後宮だ。そこに武術家の娘の明羽がやってきた。貴妃の莉來梨に、侍女として仕えるためである。『後宮小説』が大好きで、後宮に憧れていた明羽。だがそこには、多くの陰謀が渦巻いていた。というのも〝百花輪の儀〟が迫っていたからだ。

 百花輪の儀とは、華信国の五つの領地より、それぞれの代表となる貴妃を後宮に迎え、もっとも皇帝の寵愛を受けたひとりが百花皇妃となり、皇后に選ばれるという儀式だ。貴妃たちは、美貌・財力・知略など、さまざまなものを賭して戦わなければならない。しかし、北狼州代表の莉來梨は、何事にも自信がなく、引き籠り気味。早くも「負け皇妃」と呼ばれている。この状況に困惑する明羽だが、さまざまな事件と騒動にかかわり、飛鳥拳という拳法と、古い道具の声が聞こえる〝声詠み〟という不思議な力を使い奮闘する。所持している翡翠の佩玉の〝白眉〟が、秘密の相棒だ。

 作者は、まず明羽の境遇・性格・能力などを巧みに説明した後、後宮に舞台を移す。手痛い洗礼を受け、さらに莉來梨が頼りにする侍女長官が罠に嵌った。その過程で明らかになる、百花輪の儀の暗黙のルールが凄い。まるでデス・ゲームではないか! 想像以上に後宮の闇は深く、物語はハードである。

 だが、だからこそ面白い。必要に迫られて推理力を発揮し、暗殺者が迫れば飛鳥拳で渡り合う。訳あって男嫌いの明羽だが、宮城の秩序維持を任されている、秩宗部の長の李鴎と知り合い、じりじりと心を近づけていく。同僚の侍女の小夏と共に、頼りないが善良な主の成長を喜ぶ。後宮の悪意に負けない明羽の行動が、楽しい読物になっているのだ。

 さらに二巻になると、登場人物が増え、物語もスケール・アップ。作者の筆致は容赦なく、後宮の阿片騒動を経て、悲劇的な展開が繰り広げられる。華信国の、きな臭い状況も見えてきた。底なしの悪意が渦巻く後宮で、莉來梨は百花皇妃になれるのか。明羽の人生はどうなるのか。まだ百花輪の儀は序盤だというのに、早くも骨太なストーリーに魅了されているのである。