『暗黒女子』や、田中圭・土屋太鳳のダブル主演で話題になった『哀愁しんでれら』などの映画化が記憶に新しい秋吉理香子。最新作は、その名もズバリ『監禁』。

 夫に連絡が取れず、不安ばかりがどんどん膨らんでいく勤務中の妻と、幼い娘を家に残して何者かに着の身着のままで攫われた夫の視点が交互に描かれる。

「小説推理」2021年11月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯デザインと共に家族の絶望と再生を描いた『監禁』をご紹介する。

 

『監禁』秋吉理香子 帯デザイン

 

『監禁』秋吉理香子 帯デザイン

 

■『監禁』秋吉理香子

 

 ミステリーの書評は難しい。なぜなら他の小説以上に、ネタバレを気にかけなければならないからだ。どこまで踏み込むことが許されるのか。秋吉理香子の最新刊は、常にそのことを考える必要があった。

 看護師の三田由紀恵は、育児と仕事の両立に疲れ、病院を辞めることにした。クリスマス・イブの今日が、最後の仕事日だ。夫の雅之は、家事と育児を手伝っているつもりだが、由紀子から見れば不満が多い。夫婦関係もギクシャクし、半年前からセックスレスになっている。さらに病院では厳格な師長から、パワハラめいた言葉をぶつけられていた。いつもと同じように病院の仕事に追われる由紀恵だが、それも今日で終わりだ。

 一方、一歳児の舞衣子の面倒を見ていた雅之は、ゴミを捨てるため外に出たところ、何者かに襲われる。どうやら由紀恵に、ストーカー行為をしていた柿沼という男に捕まったらしい。見知らぬ部屋に監禁された雅之は、凶暴な柿沼と対峙しながら、必死に生き延びようとするのだった。

 という粗筋は、本書を読みながら、頭の中で組み立てたものだ。しかし後半の驚愕の展開で、この粗筋を訂正したくなった。ただし、真っ正直に書いたらネタバレだ。恐るべきサプライズから浮かび上がる、物語の真の姿を堪能してもらいたいというしかない。

 もちろん、サプライズに至るまでのストーリーも面白い。本書は病院と監禁の、ふたつのパートを、交互に描きながら進行する。病院のパートは、お仕事小説として楽しめた。心が触れ合う患者がいれば、セクハラする患者もいる。忙しく働く中で由紀恵は、厳格な師長の素顔を知り、あれほど辞めたいと思っていた仕事に対する意識が変わっていく。単なるお仕事小説にしても、十分に通用すると確信できるほど、病院パートの物語が面白いのだ。

 では、監禁パートはどうか。とにかく、緊迫感に満ちている。男ふたりの、二転三転する攻防戦に、胸の鼓動が速くなった。しかも、舞衣子がひとりで部屋に取り残されていることを、読者は分かっている。成長の速度に差はあるが、一歳児の行動は想像以上に激しい。だから、舞依子に関する描写がないため、嫌な予感が強まってしまうのだ。この、書かないことによってサスペンスを盛り上げる手法は、大いに感心した。

 その他にも電話の扱いなど、読みどころは多い。さまざま魅力を詰め込んだ秀作だ。