この度、櫛木理宇による2019年発売の『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』が文庫になった。文庫化にあたっての帯はこちら。

 今回の文庫化にあたり、単行本刊行時に「小説推理」2019年8月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューをご紹介する。
 


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 オカルト青春ミステリ『ホーンテッド・キャンパス』でデビューした櫛木理宇は、『赤
と白』で第二十五回小説すばる新人賞を受賞したのを機に、ホラー、ミステリ、パニックサスペンスなど、作品の幅を広げながらさまざまな社会病理を物語に描きこんで来た。本書『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』は、そのひとつの到達点だ。力のある、読む者の心に迫ってくる物語である。

 閑静な住宅街を襲った無差別殺人事件。中学校の同級生だった香那と小雪は、その事件で突然家族を失った。事件後、小雪はすぐに転校。犯人が拘置所で自殺したため犯行動機は不明なまま事件は幕引きとなる。

 そして事件から六年後、大学生となった香那の前に小雪が現れた。どうしても納得がいかない、なぜ家族が殺されねばならなかったのか、一緒に調べようと言うのだ。ところが犯人の大叔父に当たる人物から話を聞く約束をした数日後、その大叔父が何者かに殺された。まだ事件は終わっていないのか──?

 事件の展開が興味を引くのはもちろんだが、まず吸い寄せられたのは犯人がかつて発信していたSNSのログだ。SNSは交流や情報交換の場として欠かせないものになっている一方、匿名によるヘイト発言や無責任な中傷の温床でもある。この犯人もSNSで攻撃的な発言を繰り返していた。その根底に流れるのは女性嫌悪だ。女性を貶め、攻撃し、男性こそが差別されていると訴え続けていた犯人。その暗く歪んだ情熱はいったい何に起因するのか、物語は犯人の過去を追うことになる。この展開により物語が一気にリアルで身近なものになった。

 同様のテーマを扱った小説は少なくないが、本書の特徴は〈世代を超えて受け継がれる女性嫌悪〉という切り口にある。SNSという現代の象徴のような媒体から始めて、物語は明治にまで遡るのだ。差別され、貶められることが〈当たり前〉だった時代と環境。それを現代の女性と対比させながら、著者は悲しい戦いの歴史を描いていく。殺人事件の真相もサプライズ充分だが、のみならず、本書はなぜ女性嫌悪が生まれ、それにどう立ち向かえばいいのかという答えを探すミステリと言っていい。彼女たちが達した結論を、どうかしっかりと心に刻んでいただきたい。

 令和になった今ですら、女性が声を上げると叩かれるというケースは多い。そんな社会に「NO」をつきつける、著者渾身の力作である。