昨二〇一八年、西村京太郎のオリジナル著作が、ついに六百冊を突破した。もちろん日本のミステリ作家としては前代未聞の数字である。そもそも確認できているもっとも古い作品は、一九六一年に雑誌に掲載されており、あと二年足らずで活動期間が六十年に達することになる。
純文学のジャンルでは、もっと長く書いている人もいるようだが、推理作家に限れば、おそらく横溝正史の六十一年が最長だろう。しかし、横溝は昭和十年代の太平洋戦争末期と昭和三十年代後半の社会派ミステリブームの時期に数年ずつのブランクがあるから、まったく途切れずに著作を発表し続けている西村京太郎の凄さがよく分かる。
そんな著者の最新作が、本誌に連載された十津川警部シリーズ『スーパー北斗殺人事件』である。
北海道の大学生・関口透は、特急スーパー北斗で洞爺の実家から札幌の大学に通学していた。彼は毎週決まって月曜日にグリーン車の後ろの席に乗っている美女に心惹かれる。彼女は車椅子で乗車していた。
事故で右腕を失ったピアニスト志望の友人・相原が東京で発表会に出ると聞いて六本木の劇場を訪ねた関口は、そこでグリーン車の女を見つけて驚愕する。足が動かず座ったままバイオリンを演奏した彼女は、鎌谷理佐子という名前であった。
就職説明会のために再び上京した関口は、相原との待ち合わせ時間までの暇を持て余して、はとバスに乗車してみた。そして浅草のお祭りで輿の上にお姫さまの衣装で乗っている鎌谷理佐子を見つけて、思わずその後を追う。だが彼女は上野の料亭〈まつだいら〉の一人娘・松平かえでで、足は不自由でなかった。
やがて松平かえでが何者かに毒殺されるという事件が発生、十津川警部らは捜査を開始するが、本部に匿名で「殺された松平かえでさんは、偽者です」という投書が届く。果たして殺されたのは松平かえでなのか、それとも鎌谷理佐子なのか──?
鍵を握っている関口が中盤から姿を消してしまい、十津川警部がつかむ情報も二転三転して、なかなか「被害者の正体」が分からないので、最後の最後まで緊張感がある。序盤で何気なく挿入されていた幕末の松平家に関するペダントリイが、謎解きの重要なポイントになってくるのも、心憎いテクニックである。ページを開いたら、イッキ読みまちがいなしの一冊。