東北新幹線で殺人事件が発生。のちの捜査で1人の容疑者が浮かぶが、事件発生時には別の電車に乗っていたことが判明。目撃者がおり、それは鉄壁のアリバイとなったが、十津川はわずかな隙も見逃さなかった。

「小説推理」2022年1月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューと帯デザインと共に『特急リバティ会津111号のアリバイ』をご紹介する。

 

『十津川警部 特急リバティ会津111号のアリバイ』西村京太郎 帯

 

■『十津川警部 特急リバティ会津111号のアリバイ』西村京太郎

 

 現在、旺盛に新作を発表しているミステリ作家90歳を超えているのは、西村京太郎と皆川博子の2人だけだろう。だが、皆川氏のデビューは1972年であるから、61年から商業誌に作品を発表している西村氏の方が、筆歴はずっと長い。

 というか、確認できた限りでは、西村氏は56年に講談社が行った戦後最初のミステリ長篇公募にも、本名で作品を投じて最終候補になっている。この時の受賞作は、鮎川哲也のデビュー作『黒いトランク』であり、ミステリ・ファンにとっては歴史的な出来事といっても過言ではない。

 これだけ長い期間にわたって、推理小説の世界で活躍し続けている理由として、常に最新の社会情勢や知識を作品に取り入れていく驚異的な柔軟性を指摘しておきたい。西村ミステリが一貫して現代的なエンターテインメントとして読者に支持されるのは、そのためである。最新作の本書でも、まさに現代ならではの犯罪が描かれているのだ。

 旅と人生社の新人記者・藤原冬美は、大好きな旅行の記事が書けると意欲を燃やしていたが、コロナウイルスの蔓延によって緊急事態宣言が出され、旅行どころではなくなってしまっていた。

 だが、感染者数の奇跡的な減少に伴って2020年7月から「GoToトラベルキャンペーン」が開始された。冬美が編集長に指示された取材計画は、東武浅草から特急リバティ111号で新潟に向かい1泊、SLばんえつ物語号で会津若松、猪苗代から土湯温泉に泊まり、福島経由で東京に戻ってくる、というものだった。先輩記者の関と共にリバティ号に乗り込んだ冬美は、張り切って取材を行う。

 その頃、東北新幹線のトイレで男性の死体が発見された。被害者は財務省のキャリア官僚で、GoToキャンペーンを担当する人物であった。

 十津川警部らの捜査によって、大学教授の平川が容疑者として浮上するが、平川には犯行時間にリバティ号で冬美と関に会っていた、という鉄壁のアリバイがあったのだ。

 中盤でアリバイトリックが崩れてからも、二転、三転の展開が待ち受けているのは、さすがである。コロナ禍だからこその動機、犯行方法だが、状況やデータが細かく書き込まれているので、今現在の読者がリアルに感じるだけでなく、10年後、20年後のミステリファンが読んだとしても、2020年の社会を正確に想像しながら楽しめるに違いない。