人生は思い通りにならない。それでも、お腹は減る。そんな当たり前の日常を、美味しい料理とともに描いたのが、竹内真の最新作『天福飯店、営業中』だ。舞台は、無口な店主と明るいパート従業員が切り盛りする町中華。訪れる人々の悩みが劇的に解決するわけではないが、温かな一皿を囲むうちに、少しずつ心がほどけていく。読後にじんわりと温かさが残る4つの物語の魅力を書評家・細谷正充さんのレビューでご紹介します。
■『天福飯店、営業中』竹内真 /細谷正充 [評]
町中華「天福飯店」の美味しい料理と、温かな店の空気が、人々の気持ちを少しだけ前向きにする
作家の名前は品質保証書。内容が分からなくても迷わず本を買えるのは、名前を見ただけで、面白い作品だと信じられるからだ。本書は、そんな作家のひとりである、竹内真のオリジナル作品である。全4話で構成された連作集だ。
物語の舞台は、町中華の「天福飯店」だ。どこにでもあるような店構え。主人の野上さんは、調理中は無口だが、料理が出来上がれば意外と喋る。パートの黒木さんは、いつも明るく元気だ。ふたりは夫婦ではないが、何年も一緒に働いている。
第一話では、そんな「天福飯店」を見かけた純奈が、店の客になる。不動産会社で営業をしている純奈は、上司から理不尽な叱責を受け、もやもやしていた。しかし頼んだ「太平燕(特製八目春雨)」の美味しさと、かつて店の常連だった自社の元社員のことを知り、少しだけ前向きになっていく。
続く第二話は、「天福飯店」の常連で、塾講師をしているオサムが主人公。図書館のリサイクル本コーナーで手に取った、夏目漱石の『草枕』にあった書き込みから、「天福飯店」の主人の亡き妻の話へと発展していく。この展開が面白い。同時に劇作家を目指しながらも停滞しているオサムの人生も描かれている。
第三話は開業したカフェを2年で閉めることになった若葉が、「天福飯店」の元常連に励まされる。第四話では、「天福飯店」の過去の出来事と、常連の思いもかけない日常が綴られている。各話の主人公の現状は、大きく変わるわけではない。だが、「天福飯店」という気持ちのいい居場所で、肩の力を抜いた人々を、作者は優しく見つめているのである。
さらに、「天福飯店」の出す料理も、注目ポイントだ。先に触れた「太平燕(特製八目春雨)」の他にも、「木須肉」「純レバ丼」、木瓜のジャムを使った「ボケミソ麺」、メニューには載っていない「裏炒飯」と「裏餃子」、こんな注文ありなのかと思った「天津アタマ」と「エビ玉アタマ」。人間ドラマだけでなく、数々の料理も、物語の味わいを深めているのだ。