ミステリ界の次世代を担う5人の作家が集結した本作は、現代から歴史、そして〝あの世〟までも舞台に。極上の「騙し」が詰まった傑作揃い。
大学の女子寮で起きた殺人事件——「桜の夜に殺人を」
詐欺被害者救済弁護士の怪しい思惑——「弱者の幻影」
振り込め詐欺に遭った母が見せた謎の笑顔——「空白の着信」
清朝中国の宦官制度に渦巻く陰謀——「宦官の噓」
閻魔相手に挑む人生最期の勝負——「閻魔vs.詐欺師」
作中に隠されたヒントを見抜き、あなたはこの巧妙な罠を見破ることができますか?
書評家・千街晶之さんのレビューで『ミステリアンソロジー 騙す』の読みどころをご紹介します!


■『ミステリアンソロジー 騙す』彩坂美月 五十嵐律人 楠谷佑 潮谷験 桃野雑派[著] /千街晶之 [評]
五種類の「騙し」が冴える傑作アンソロジー
仮に自分がミステリのアンソロジーを編纂するとして、タイトルに「騙す」という言葉を単独で使う度胸はなかなかないと思う。「ミステリなんだから、騙すのは当たり前だろう」とか、「その言葉を使うからにはよほど上手く騙してくれるんだろうな」といった読者からのリアクションを勝手に予想してしまうからだ。
さてここに、『ミステリアンソロジー 騙す』というタイトルのアンソロジーが出ることになった。私のような小心者の躊躇いなどとは無縁の、実に堂々たるタイトルと言えよう。収録作品は「小説推理」に掲載された短篇ミステリで、著者は彩坂美月・五十嵐律人・楠谷佑・潮谷験・桃野雑派の五人だ。
収録順に、まず彩坂美月の「桜の夜に殺人を」から見ていこう。女子大の寮で夜に悲鳴が響き、自室にいた遠藤つぐみが食堂に駆けつけたところ、同じ三年生の泉さやかが血まみれで倒れていた。他に寮に滞在しているのは三年生の神原翔子と、四年生の鮎川玲のみ。寮は防犯のため夜間は窓や扉が自動ロックされるため、さやかを殺害した犯人はつぐみたち三人の中にいるとしか考えられないのだが……。
読み進めるうちに、ひょっとすると読者の中には「どこかおかしい」と違和感を覚える向きもいるかも知れない。というのも、ある登場人物の言動が普通に読めば不自然なのだが、シチュエーションの異様さと、他の登場人物もそれなりに怪しいせいで、読者がその違和感を深く掘り下げないうちにその先の展開へと引っぱられてしまうように計算されているのだ。登場人物を極限まで限定した中で意外性のあるフーダニットを演出しつつ、心理劇としても秀逸な作品である。
五十嵐律人「弱者の幻影」は、詐欺の被害者救済が専門だという弁護士のもとに、所謂「頂き女子」の被害に遭ったという依頼人がやってくるところから始まる。依頼人は、結婚を約束していたつもりの相手に三百万円以上を騙し取られたという。そんな依頼人に、弁護士はある提案をする。
本書で最もあらすじの紹介が難しい作品はこれだろう。弁護士や、詐欺の加害者である「頂き女子」のあいだを視点が転々とする構成なのだが、果たして誰が誰をどのような手段で騙そうとしているのか、誰が一番のワルなのか、二重三重に入り組んでいて油断も隙もないからだ。タイトルは「本当の弱者は救いたい形をしていない」という医療や福祉の現場における格言から採られているけれども、このタイトルに籠められたニュアンスもなかなか皮肉である。
楠谷佑「空白の着信」も詐欺がテーマである。さいたま市で妻子と暮らしている会社員の貝瀬賢一のもとに、深谷市の実家に住む母親の春子が詐欺の被害に遭ったという連絡が来る。刑事によると、賢一が社用車で事故を起こしたから示談金として三百万円を指定の口座に振り込んでほしい……という電話を受けた春子は、言われるがままに入金してしまったらしい。だが賢一はこの事件の後、春子の挙動に不審なものを感じる。
今年六十五歳を迎える春子は賢一にとって唯一の肉親で、反りが合わないわけではないのだが、ここ数年、どこか心の距離が空いていることを感じている。そして今回の事件をきっかけに、妻との関係もぎくしゃくしたものとなってゆく。そんな時にある疑惑が母親に対して芽生えることで、賢一の心理状態はますます不穏なものとなるのだが、「よろず謎解き業者」と称するミステリアスな人物から意外な真相を告げられた賢一が改めて母親や妻子と向かい合う展開は、謎解きだけにとどまらない完成度の高さを感じさせる。
潮谷験「宦官の嘘」は、中国・清の時代を背景とした、本書で唯一の歴史ミステリである。中国の王朝では遥か昔から、去勢した男性が宦官として皇帝の後宮に仕えていた。北京の商人・黄は、去勢手術の正規の専門家に払うお金がない貧しい宦官志望者のため、豪華で安上がりな手術場を建てることを思いついた。そこで宦官になった人物が後に出世したら、恩人である自分にもいい思いをさせてくれるに違いない、という魂胆だ。ある夜、二人の男女が黄家を訪れ、暗号めいた手紙を残して去った。
この暗号解読がミステリとしてのメインかと思いきや、物語は意外な方向へ進んでゆく。周知の通り、日本の朝廷は中国の王朝からさまざまな制度や文化を輸入したが、宦官制度だけは採り入れられることはなかった。すなわち、本作は日本では成立しない、中国が舞台であることに必然性がある歴史ミステリなのだ。黄家をめぐるこの一連の出来事の経緯を知っている人物による語りも味わい深く、著者のただならぬ才気を感じさせる一篇となっている。
最後を飾る桃野雑派「閻魔vs.詐欺師」(偶然とはいえ、詐欺師の登場率が高いアンソロジーである)の主人公・島田穣治は、冒頭でいきなり刺されて死んでしまい、気がつけばあの世にいた。一緒に死んだ七歳の息子・翔とともに閻魔の裁きを受けることになった島田だが、詐欺師としての生前の行いが悪かったせいで、二人揃って地獄行きを宣告されそうになる。島田は、この法廷で必ず極楽行きを勝ち取ると心に決めるのだった。
死んだことに気づいた島田の目の前を流れているのは三途の川、そこにいる老婆と老爺は奪衣婆と懸衣翁……といった具合に、日本人の大半が思い浮かべるような、ある意味ベタな冥府が描かれるけれども、そこには必然性がある。島田が閻魔相手に法廷闘争を繰り広げるにあたって、彼が生前に知っていた冥府の知識も重要になるからだ。あの世の裁判のルールを詐欺師ならではの手段でいかにハックするかも読みどころだが、そこに隠された真意は読者を泣かせるに違いない。
以上五篇、タイトルに「騙す」と銘打っただけのことはある、各作家のミステリ作家としての腕前が冴える作品ばかりである。アンソロジーとして極めて水準が高い一冊であることを保証しておこう。