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 毎年雪が降る時期になると、美大受験のことを思い出す。わたしは関東への進学、そしてグラフィックデザイン専攻を志望していたので、本命は多摩美術大学、第二志望は武蔵野美術大学だった。滑り止めとして東京造形大学、その他地方美大も受験した。

 美大受験には偏差値とは紐づかない独自基準におけるレベルみたいなものがあって、イメージ的には多摩美たまび武蔵美むさびは早稲田慶應、東京造形は上智やMARCHみたいな雰囲気があった。それから美大における最高峰、つまり東大的な存在と言えば東京藝術大学だが、藝大は日本で一番倍率が高く、なんなら東大よりも難しいと言われていた。二浪三浪は当たり前、五浪六浪もごろごろいる世界なので、親から現役合格を命じられていたわたしが藝大に入ることははなから諦めていたのだった。

 

 武蔵美のデッサン課題の受験日。この部屋だけでも百人近くはいそうな教室の中、配られた番号の席に向かい、荷物を置く。鉛筆を削って、消しゴムや擦筆さつぴつを手に取りやすい位置に配置する。まだ時間があったのでトイレを済ませた。通常のペーパーテスト以上に、デッサンは時間との勝負である。試験時間は三時間しかなく、その時間内にリアルな手のデッサンを完成させないといけない。細部の描写に時間を割くためには一秒だって惜しいので、試験中トイレに行くなんてことは愚の骨頂とされている。

 試験開始の号令がかかる。運命を分つ今年の課題は、「手と与えられたモチーフを組み合わせて自由にデッサンをしなさい」。卓上には一人一つ、「い・ろ・は・す」の500mlペットボトル。いろはすのボトルは他のボトルに比べて柔らかく、つぶしたり捻ったり、手で簡単に変形させることができる。つまりこれは、透明なプラスチックの素材感を表すと同時に、ボトルを変形させた複雑な光の屈折を表現することを期待されているわけだ。その証拠に、卓上にはいろはすと共に小さな紙コップがひとつ置かれていて、ここに幾ばくかの水を出しておいても良いということなのだろう。

 すぐさま構図を考え始める。できるだけ急いで構図を決めて描写に時間を割かないと、迫力のある画面がつくれない。だが他の生徒と同じようなありきたりな構図では、発想力の点で若干のマイナスが入る。ペットボトルを変形させつつ手と組み合わせて、独自性のある、そして自分が美しいと思う構図────…… 瞬間的にわたしは、「ボトルから垂れる最後の一滴」を描くことに決めた。絞るように捻ったボトルを画面中央に配置し、それを両手で支える。画面下方の一滴に視線を集める構図。なかなか良いじゃないか。

 五分足らずで構図が決まった。かなりいいペースだと思ったが、ここである問題に気づいた。「最後の一滴」を描くには内容物をなくす必要がある。手元の小さな紙コップに満タンまで水を注いでみたが、まだ450ml以上は残っている。

 えっ、この水、どうすんの? なんで紙コップこんな小さいの??

 狼狽える間にも時間は刻一刻と過ぎていく。

 どうするどうするどうする。

 …………わたしは、ものすごい勢いでボトルの水を飲み始めた。だってこれ以外に方法がない。ごくっごくっというわたしの嚥下音が静寂の教室にこだまする。恥ずかしいけどそれどころではないので、飲む。水を飲む。運動部でもなければ美容インフルエンサーでもないわたしは、一度に大量の水を飲むことに慣れていない。それでも人生がかかっているので無心でとにかく飲む。数分でなんとか飲み干した。空になったボトルを急いで捻り、形を決め、ほぼ白紙の画面に鉛筆でアタリを取り、描き進める。ああよかった、なんとかなりそうかも。

 三十分ほど描き進めたところで嫌な予感がする。尿意である。真冬の冷えた教室で500mlの水を一気飲みしたのだから当たり前だ。いやいや、デッサン試験中にトイレに行くなんて愚の骨頂。無心で鉛筆を動かす。耐えろ耐えろ耐えろ。一時間が経って、わたしの膀胱は限界を迎えつつあった。当たり前だ。なぜこんな当たり前のことに、構図を決めたときのわたしは気づかなかったのか。でももう戻れない。そこからさらに耐え、二時間無心で描き続けた頃、ある程度の完成が見えてきた。まだ細部が粗いが、あと一時間ある。いけるか? ていうかもう無理だ。尿意が頭の大部分を占めてこれ以上集中できない。

 わたしは意を決して挙手をした。すぐに試験監督が近づいてくる。

「すみません。トイレに……」

 できるだけ小声で言ったけれど、周囲から(やっぱりな)という空気をなんとなく感じて赤面した。ダッシュでトイレに行きダッシュで戻る。十八年の人生で一番勢いのある排尿だったと思う。さあこれで不安は消えた、よし描くぞと着席したとき、誤って卓上の画板に手が触れてしまった。デッサン課題はB3紙で、それを置く画板は60?cm近いサイズのため、狭い教室内で手に余る大きさなのだ。画板は飲み切れずに置いてあった満タンの水入り紙コップに直撃、その水が前の席の受験生にバシャンとかかった。

「!? ご、ごめんなさい!!」と叫ぶも軽く頷かれただけで相手は無言。相手だって一秒だって惜しいわけなのでそれどころじゃないのだろう。椅子にかけてあった彼女の厚手のコートにほとんどの水は吸収され、作品に水がかからなかったことがせめてもの救いだ。

 試験監督がティッシュのようなものを持って駆け寄ってきた。わたしの席周辺に(いい加減にしろよ)という無言の圧力が立ち込めている気がする。前の席の受験生に申し訳なくて、あと普通にめちゃくちゃ恥ずかしくて、結局あまり集中できないままデッサン課題が終わった。試験終了後改めて前の席の人に謝罪したが、彼女は「ああはい」みたいなことを言って、濡れたコートを手に持ち帰っていった。

 試験には落ちた。尿意のせいか、水をこぼしたせいか、単純に実力不足だったかは、もうわからない。

 

 次に本命である多摩美術大学の試験日を迎えた。多摩美も大体は「両手と○○を組み合わせてデッサンをしなさい」というのが基本の出題である。○○にはロープとか積み木とか風呂敷とか、身近にありふれた静物モチーフが入ることが多い。だからわたしを含む全国の受験生は、来る日も来る日もロープや積み木や風呂敷などを、両手と組み合わせたデッサンに取り組んできた。もう大体の静物モチーフなら想像でも描ける自信があった。今年はなんだ? 折り紙か? セロハンテープか? ペットボトルか? 全部予備校で描いたことあるもんね~、とか思いながらこの受験に臨んだ人が多いと思う。

 試験が始まって課題用紙を開くとそこには、「魚をつかんでいる両手をデッサンしなさい」と書いてあった。

 魚………………?

 教室中に困惑の空気が立ちこめる。魚、描いたこと、ない。今までの人生で、魚、つかんだこと、ない。武蔵美と違って、モチーフ用に実物の魚が配布されているわけも当然ない。過去十数年と比べても、明らかに今年の出題は異例であった。ただ、それでも描かなければいけない、ということだけがわかる。限界美大受験生であったわたしにとって、課題出題者とはもう神か何かのように感じられていて、課題を与えられた以上は絶対に、全力で答えなければいけないと思い込んでいた。それがたとえ神の気まぐれによるお戯れだとしても。

 脳内では『CR 海物語』のリーチ画面さながら、あらゆる魚が浮かんでは通りすぎていった。スズキも、マグロも、イシダイも、ゲーム『どうぶつの森』で釣り上げたことがあるからなんとなくのビジュアルはわかる。でもゲーム画面上でデフォルメされたイラストを見ただけで、実物をちゃんと観察したことはない。どれだけ絵が上手い人でも、観察したことがないものは当然リアルに描けない。

 あらゆる逡巡を重ねた末、わたしは一つの光明を見出した。

 ウナギだ。

 ウナギだったら可動域が大きいから骨格の知識がなくても画面に自由に配置できるし、表皮はすべてぬるっとしてるから鱗のディティールがわからなくてもいいし、過去に描いたことがあるビニールホースの応用でいけるかもしれない。本当はウナギ素手でつかんだことないけど、ウナギならつかめる気がする。

 これだ!!!!!! とてつもない名案を思いついてしまった。ウナギ、今まで地球上に存在してくれて本当にありがとう。わたしはこの日からウナギの絶滅危惧問題に関心を持つようになった。

 魚が決まってからは割とするっと描き上げた。黒鉛をたっぷり乗せて、ウナギの光沢を表現した。両手の配置もまあまあ勢いがあって良いと思う。いや~これは受かっちゃうかもしれないな、なんたってウナギを思いついた人なんて他にいないでしょう、とほくそ笑みながら、試験終了後にフィキサチーフ(定着剤)をかけていたとき。ちらりと、後ろの席の受験生の作品が見えた。そこにはなんと、黒光りしたウナギをつかんでいる両手の絵があった。一瞬思考が停止した。わたしのデッサンを後ろから盗み見て、モチーフを真似されたのだ。そうじゃなきゃウナギなんて思いつくはずがない。心臓がばくばくしたまま、通っていた美術予備校に報告に行った。

 結果から言えば、その年のグラフィックデザイン科受験生のうちなんと九割弱がウナギを描いていたそうなのだ。皆、魚なんて描いたことねーよと苦しんで、わたしと同じ思考回路を辿って、自力でウナギに辿り着いていたのだ。自分だけのものだと思っていたアイデアは、掃いて捨てるほどありふれた思考だったのだ。わたしは自分の凡庸さを恥じた。そして、ウナギを描いた受験生のほとんどがこの試験に落ちた。もちろん、わたしも。

 こうしてわたしは第三志望の東京造形大学に通うことになった。その後デザイン自体に挫折して、今は美術と全く関係ない仕事をしているわけだが、鬼気迫る思いで水をがぶ飲みしたり、全力でウナギを描いたりした日があったから今のわたしがある、ような気もする。いや、綺麗にまとめようとしたけど、別にそんなことはないかもしれない。

 

 

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