あれは私が60歳になる直前のこと、自主製作映画の出演依頼が舞い込んできました。映画のタイトルは『降りてゆく生き方』(2009年公開)。
テーマは何かというと、過疎・人口流出・乱開発・農業衰退といった、地方が抱える問題を娯楽映画の中に批判を交えて描くという、かなり重いテーマを含んだ内容でした。
この映画には地方活性化に尽力されている方も出演されていましたが、その中の一人が向谷地生良さんという方。
私より5歳下の向谷地さんは、もともと北海道にある浦河赤十字病院の精神科で精神疾患の患者さんたちを支援するソーシャルワーカーをされていた方で、現在は浦河町で精神疾患を抱えた人たちが暮らす活動拠点『べてるの家』を主宰されています。
映画には、べてるの家で暮らしている精神疾患の人たちも出演して、精神障がいの苦しみや、べてるの家が、どんな活動をしているのかを語ってくれました。
実際に彼らと会って話してみると、一般的に私たちが精神疾患の方に抱きがちなイメージの〝一種の暗さ〟が、彼らには一切ありません。
「この人たちはなぜ、こんなに明るいんだろう」
それが私の第一印象。そして、ここから私と、べてるの家との付き合いが始まりました。
向谷地さんに聞いた、べてるの家で暮らす人たちの日常のエピソードを一つ紹介しましょう。
ある男性は、襟裳岬にUFOに乗ってやって来た宇宙人からテレパシーを受け取ったんだそうです。
「こんなところにいたら、おまえはダメになる。襟裳岬まで来い。宇宙に逃げよう」
ある夜、みんなが寝静まった後、彼はべてるの家を抜け出し、宇宙人に会うために、施設から襟裳岬まで駆け出しました。気づいた向谷地さんをはじめとするスタッフが急いで彼を連れ戻し、落ち着くのを待ってミーティングを始めます。
べてるの家では、施設で暮らすみんなで話し合うミーティングを大切にしています。事あるごとにメンバー同士で集まり、病気や生活について話し合います。
その席で彼が「UFOから呼ばれている」とみんなに報告すると、向谷地さんは参加しているメンバーに聞きました。
「この中でUFOに呼ばれたことがある人は?」
すると、なんと全員が「ある」と答えた。
向谷地さんによれば彼らのところには、しょっちゅう宇宙人は来ているそうです。
さらに向谷地さんがメンバーに、
「宇宙人に呼ばれた先輩として、彼が旅立つにあたって何かアドバイスはないか?」
と聞くと、すでにUFOに乗ったことがあるという先輩男性が、こうアドバイスしたそうです。
「運転免許証を確認すること」
UFOを運転するにはライセンスが必要なんだそうです。ところが、宇宙人の中には無免許でUFOを運転してくる不届き者がいるから、確認したほうがいいというんですね。
すると今度は、実際に無免許運転のUFOに乗って白神山地(青森県から秋田県にまたがる世界遺産)に墜落した経験を持つという女性も、自らの体験を語りだした──。
こうして体験を話し合い、意見を出し合ううちに、UFOに呼ばれている彼への最終的なアドバイスがまとまりました。
「宇宙人の運転免許を確認する」
「きちんとシートベルトをして、万が一、墜落したときに危険な席に座らないようにする」
そして最もいい方法が、これ。
「アナタがUFOの運転免許を取ればいい」
そこで「UFOの免許は浦河にある日赤病院の精神科に行くと、資格審査と操縦の仕方を教えてくれる」と聞いた男性は、2週間ほど病院に入院することになった。
精神に病を持っている人たちの一番の悩みは、幻覚と幻聴だそうです。べてるの家では幻覚や幻聴といった症状が激しくなると、仲間たちで宇宙人について話し合う。その話し合いが治療にもなっているそうです。
退院した彼はその後、宇宙に行きたいと考えても、どこからともなく「やめたほうがいいよ」との声を聞くようになったそうです。
こうした変化が、みんなと語り合うことで起きる。逆に孤独にしておくと、非常に危険なんだ。語り合う場がないと、幻聴がひどくなり、どんどん自分の内側に閉じこもるようになってしまうそうです。
実際に私も、べてるの家にお邪魔したことがあります。
毎年開催されている『べてるの家の文化祭(べてるまつり)』に2012年と24年にゲストとして招待していただきました。
この『べてるまつり』は浦河町が町を挙げて行う一大イベントで、催しの一つに「妄想大賞」があります。これは1年間で、ものすごい幻覚・幻聴を体験した人を表彰する催しで、優勝者には町長さんから直々に表彰状が贈られます。私も「妄想大賞」の審査員をやらせていただきました。
「妄想大賞」では、自分たちの妄想を、べてるの家の人たちが寸劇にして見せてくれます。分かりやすく言えば、妄想を膨らませる人たちが集まって、仲間の妄想を寸劇にして演じる。私が最初に参加した年の大賞は、先ほどのUFOの劇が取りました。
これがまた面白くて、UFOから連絡を受けた男性も審査員席に座って寸劇を見てるんですよ。劇になった自分の妄想を見て、笑ってる。「ほんと、ばっかみたいですね」って。
他の出し物ではこんなのもありました。幻聴をコーラスで再現する「幻聴再現コーラス隊」。
幻聴が聞こえる人が、「〝誰だ誰だ誰だ〟って呟かれるんです」と自分が聞いた幻聴を説明すると、横に控えた女性3人組のコーラス隊が歌って再現する。
♪誰だ誰だ誰だ♪
幻聴を、みんなで笑ってる。
このとき向谷地さんが言いました。
「笑うことって、ものすごく大事なんですよ」
私が最初に彼らと会って感じた明るさの理由も、ここにあるのだと思います。
自分の妄想や幻聴を寸劇やコーラスにして笑い飛ばすことは、実は〝治療の一環〟なんです。自分を笑い飛ばすことで頭がクールになる。
実は自分でもどこかおかしいと思っているそうです。宇宙人の声が聞こえたときに「聞こえるはずない」と心のどこかで思ってる。
でも、あまりにリアルに聞こえるもんだから誰かに言うと「おまえばかじゃねーか」と否定されてしまう。すると、どんどんその幻聴にのめり込んでしまうそうです。もしそこで「どんな声だ?」とか「俺にも聞こえる」とか受け入れられると、不思議と、だんだん冷静になってくる。
べてるの家では、自分が抱えている精神疾患を自分の個性として、仲間同士でお互いに話し合う。そうすると症状がぐんぐん治まってくる。これが治療につながる。
これは向谷地さんが始めた「当事者研究」という治療法。ひと言でいえば「自分で自分の病気を研究し対処する」。世界の精神医療の最先端をいく治療法です。
精神疾患に罹っている人は現在、日本に400万人以上いるそうです。入院患者数こそ微減しているものの、外来患者数は増える一方。病院や薬に頼っているだけでは、なかなか回復するのが難しい現状です。
人口1万人ほどの小さな田舎町にある、べてるの家は今、世界中から注目されているんです。
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