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私はずっと、生きる理由を探していた。
何かきっかけがあれば歌舞伎町のビルから飛び降りちゃうんじゃないか。そう怯えながら毎日を過ごしていた。暗闇を抜け出したあとの光景が想像できなかった。
でも、メルちゃんの手紙を読んで不安が吹き飛んだ。やるべきことが見つかったから。
力になりたい、そう思ったの。
コミュニティに入っていた子たちは、みんなメルちゃんを見捨てた。逮捕されるまでは、メルちゃんのおかげで人生が変わったって心酔していたのに。自分たちが捕まらないように嘘の情報を流す子までいた。
恩を仇で返すような裏切りが許せなかった。味方がいることを手紙で伝えたかったけど、聞こえのいい言葉を並べ立てても、メルちゃんの心の傷を癒すことはできない。
だから、手紙にこう書いた。
「私が示談金を準備するから待っててね」
被害総額は一億円以上。最低でも一千万円、できれば三千万円くらい弁償できれば、罪が軽くなる可能性が高い。そう弁護士から説明を受けた。
判決が宣告されるまでに示談をまとめないと意味がない。タイムリミットは一年くらい。まっとうな仕事で稼げる金額ではない。お金持ちの知り合いもいない。
“頂き”で大金を稼ぐ。それ以外の方法は思いつかなかった。
メルちゃんにもらったハンドブックを何回も読み返して、完璧に内容を頭に叩き込んだ。そして、覚悟を決めて実践することにした。
自分でも驚いたのだけれど、私には“頂き”の才能があった。
自信がなくて相手の顔色ばかりうかがってしまう。考えや意見を伝えるのが苦手で聞き役に徹してしまう……。そういった引っ込み思案な性格は短所だと思っていたのに、おじさんからはなぜか受けがよかった。
それに、嘘をついて騙すことへの抵抗がまったくなかった。
パパ活で私を傷つけたのもおじさん。メルちゃんを警察に突き出したのもおじさん──。逆恨みなのかもしれないけれど、彼らのことを憎んでいた。
びっくりするくらい、おじさんは簡単に騙された。こっちから頼まなくても簡単にお金を渡してきた。それで心を繋ぎ止められるって信じていたみたい。ただの金づるとしか思っていないのに笑っちゃうよね。
時間がなかったから、同時並行でいろんなおじさんと連絡を取った。搾り取れるだけ搾り取って、相手がすっからかんになったら切り捨てる。その繰り返しでお金が溜まっていった。
百万円、三百万円、一千万円。
クローゼットの中に積み上がっていく一万円札。嫌な思いもたくさんした。殴られたり、無理やり押し倒されたり……。それでもお金を見れば涙は止まった。
メルちゃんを救えるのは私しかいない。そう信じて頑張ってきたんだよ。
それなのに、どうして?
一カ月前に届いたメルちゃんからの手紙に「好きな人ができたの!」と書いてあった。逮捕されているんだから出会いなんてないはず。そう思って読み進めたら、相手は担当している弁護士だとわかった。
私も会ったことがあるからわかる。満員電車に乗っていたら何人も視界に入ってきそうな普通のおじさんだった。メルちゃんとは絶対に釣り合わない。そんな人を好きになるなんて、心が弱っているせいだと思った。
だけど、次に届いた手紙もその弁護士のことばかり書いてあった。読み進めるのも苦痛で途中で破り捨てた。
裏切られた気持ちになった。おじさんは敵なのに。あいつらのせいで、ずっと辛い思いをしてきたのに……。
説得するのもバカらしい。全部どうでもよくなった。
貯めたお金を渡すつもりもない。示談が成立して刑が軽くなったら、その弁護士と一緒になるつもりなんでしょ。手助けをする義理なんかない。
“頂き”もタモで最後にすると決めている。しばらく遊んで暮らせるお金は貯まった。私のことを誰も知らない土地で穏やかに生きていく。
明日、レストランでタモに会う。きっと、その場で百万円を渡してくれる。
それが終わったら、メルちゃんにお別れの手紙を書こう。
*
タモと直接会うのは今日が二回目。
前回はカフェで一時間くらい話しただけ。どこかで聞いたことがあったような声だったが、いつものように、父親に付きまとわれて困っているという作り話を披露した。おじさんの声はみんな一緒に聞こえる。
縁を切るにはお金がいる。重要なのは、ここまで伝えたあとの反応。疑いの目を向けられるのは黄色信号。タモは、前のめりになって「僕が何とかします」と言った。
お金を出すと言われても、二回目までは信頼を得るために断るようにしている。
その茶番を経て今回の約束を取り付けるに至った。きっとタモは、私にお金を渡したくてうずうずしているはず。それが心の距離を縮める方法だと思い込んでいるから。
高級レストランを予約されたので、ロング丈のワンピースを選んだ。食事はファミレスでもファストフードでもいいから、現金を上積みしてほしい。パパ活をしている子たちも、同じような愚痴を零していた。
時間通りに着くと、テーブルまでウェイターに案内された。だが、そこに座っているのがタモだと理解するまでに数秒の時間が掛かった。
おしゃれとはかけ離れた不精髭。野暮ったい極太セルフレームの眼鏡。そういった目を引く顔のパーツは前回と一緒だが、雰囲気ががらりと変わった。
どうしてそう思ったのか。全身を観察しようとした。
「待っていたよ、東原瑠璃」
フルネームで呼ばれて思考が停止してしまった。
「タモさん……、ですよね」
お互いにユーザー名しか把握していないはず。うっかり口を滑らした可能性も低い。失言をしないよう常に気を配っていた。
「まあ、座りなよ。せっかくいい店を準備したんだ」
プロフィール写真を見たときも、前回会ったときも、タモからは頼りない印象を受けた。表情が暗く、姿勢が悪く、地味な服装で、おどおどしている……。
しかし、今日は違う。ネイビーのスーツを着こなして背筋も伸びている。
「なんか別人みたいですね!」
「簡単に騙せそうな中年男を演じていたんだよ」
「何を言っているんですか~」
ウェイターが赤ワインのボトルを持ってきた。グラスに注がれる赤い液体を眺めながら、タモの発言の真意を探ろうとした。
ただのはったりなのか。あるいは──。
「無駄話は嫌いなんだ。見ていて恥ずかしくなるから、その猫かぶりもやめてくれ。あんたの本性は、頂き女子だろ」
「えっ、私のこと疑ってるんですか」
考えを整理するための時間がほしかった。
赤ワインを口に含んでから、タモはジャケットの襟を指差した。そこには金色のバッジが取り付けられている。
「俺は弁護士だ。あんたに騙された被害者から依頼を受けて動いている。心当たりはいくらでもあるだろう?」
「…………」
「依頼者の名前は多森周平。遊び心で俺も田茂と名乗ったんだ。半年くらい前にあんたが約三百万円を騙し取った、清潔感が皆無の小汚い中年男だよ。まあ、これはあんたのターゲット全員に当てはまる特徴なのかもしれないが。もちろん俺も含めて」
意味がわからなかった。一つだけ確かなのは、私の正体が見抜かれているということ。
田茂とは、いつもと同じように、マッチングアプリで出会ってやり取りを重ねてきた。今日までおかしいと思ったことは一度もなかった。どこにでもいそうな普通のおじさん。
全て演技だったというのか。私に近づいて……、騙すための。
「あなたは何を頼まれたんですか」
多森という苗字に聞き覚えはある。でも、顔を思い出すことはできない。半年前のターゲットと言っていた。その頃、たくさんのおじさんを同時に相手にしていた。
過去に多森と何度会ったか記憶になかった。
「金を取り返す。それ以外に何があると?」
「その人……、多森さんからどんな話を聞いたのかは知りませんが、何かの勘違いですよ。お金を騙し取るなんて、そんなことしていません」
弁護士は鞄から紙の束を取り出して、テーブルの上に広げた。
「合図をするまで料理はストップしてもらっている」
食事も飲み物も、喉を通るはずがない。お金をもらうつもりで、このレストランに来た。どうして、私が問い詰められているのだろう。
「これは何ですか」
「言い訳を潰すための資料だよ。左側に置いたのが、出金明細書、消費者金融の利用明細、生命保険の解約通知。まとまった金を引き出した日時が記載されている。右側に置いたのが、メッセージのスクリーンショット。あんたがいつ金を受け取ったのかがわかる。日時と金額が合致している以上、受け取っていないという言い訳は通用しない」
──振り込みでお金をもらうのは、ダメ絶対!
──税務署にもバレないし証拠も残らない。つまりタンス預金が最強ってこと!
ハンドブックの教え通り、現金の直接手渡しにこだわってきた。でも、おじさんが証拠を残していたら意味がない。
「多森さんが援助してくれたんです。本当に感謝しています。だけど、今さら返してほしいって言われても困りますよ。そんなのありなんですか」
「へえ。言い訳もちゃんと準備しているのか」
「言い訳なんかじゃありません」
「自分の意思で金を渡したら贈与。騙されて渡したら詐欺。その区別は簡単なようで難しい。泣き寝入りを強いられてきた被害者が大勢いる」
メッセージには当たり障りのないことしか書いていない。警察に提出されたら、証拠になってしまうから。
──内緒話をしていいのは直接会ったときだけ。メルとの約束だよ。
ハンドブックにもそう書いてあった。
「私が騙したって……、証拠でもあるんですか」
「どうして俺が、今日までターゲットの振りをしていたと思う?」
弁護士がどんな仕事をしているのかはよく知らない。それでも、こんなおとり捜査みたいなことは普通しないはずだ。
どう答えるべきか迷っていると、弁護士は再び口を開いた。
「証拠を手に入れるためだよ。目的を達成したから正体を隠す必要がなくなった」
弁護士はICレコーダーを取り出した。他の客が怪訝な表情で私たちのテーブルを見ている。険悪な雰囲気で会話を続けているのだから当然だ。
再生されたのは、私の声。前回のカフェでのやり取りだとすぐにわかった。
「……録音していたんですね」
「幼少期に受けた父親の虐待。ようやく逃げられたと思ったのに、居場所を突き止められて金の無心が続いている。まとまった金額を渡さないと縁を切ることはできない。涙なしでは聞けないような不幸話だ。俺は笑いを堪えるのに必死だったが」
「この音声が何の証拠になるんですか」
「詐欺と贈与の最大の違いは、自由意思に基づいて金を渡したか否かだ。被害者が自ら望んで援助を申し出たとしても、動機の形成過程に嘘が介在しているなら自由意思とは到底言えない」
「何を言っているのかわかりません」
「この音声に嘘がいくつも混ざっているだろう」
そう言って、弁護士は一枚の紙を私の前にかざした。
「弁護士は第三者の戸籍も取得することができる。あんたは未婚だから両親の戸籍に入っているはずだ。だが、父親は死亡を理由に除籍されている。死亡日は四年前」
上京して一カ月も経たずに、父親に大きな病気が見つかったと母親からメールが届いた。私を連れ戻すための嘘だと決めつけて、連絡を無視してしまった。
結局、私は父親の死に目にも立ち会っていない。
「死者が金をせびることはできない。縁を切る必要もなかった。嘘を嘘で塗り固めて、金を騙し取った。この音声であんたを詐欺師と立証できる」
「あなたからは……、一円ももらっていません」
「同じやり方で、多森から金を受け取っただろう。どんなエピソードを聞かされたのか多森は詳細に覚えているし、現金の授受に関する記録も残っている。唯一、あんたが嘘をついた証拠だけが手元になかった。だから、俺が接近したんだ」
コミュニティの参加者の中には、“頂き”が詐欺だと自覚していない子たちもいた。
おじさんから受け取るお金はお小遣い。向こうから渡してくるように促せば大丈夫……。そんなアドバイスがハンドブックにも書いてあった。
だけど私は、ヘマをすれば逮捕されることも覚悟していた。メルちゃんが捕まったあとに“頂き”に手を出したから。
「これから、どうするつもりですか」
「詐欺による金銭の支払いは民法で意思表示の取消しが認められている。当然、遅延損害金も含めて損害賠償を求めることが可能だ。それとは別に、詐欺罪での刑事告訴の道も残されている。告訴が受理されたらどうなるかは、よく知っているだろう?」
取調べや留置所での生活がどれくらい辛いか、メルちゃんは手紙に長々と書いていた。
「勝利宣言をするために、私を呼び出したんですか?」
「そんな無駄なことはしない。交渉をするためだよ」
「……交渉?」
「詐欺罪で処罰されても被害者に追加で金が支払われるわけではない。民事訴訟を提起しても判決が言い渡されるまでに一年以上掛かることがザラにある。だから、あんたの出方次第では示談で終わらせることもありだと考えている」
私のグラスに、弁護士は赤ワインを注いだ。
裁判を起こさないし、告訴もしない代わりに、受け取ったお金を返せ。そういう交渉なのだろうと理解した。
「その人が私に渡したのは三百万円と言っていましたか」
「正確には三百二十万円だ」
詐欺の損害賠償の相場なんてわからない。ある程度色をつけて返すものなのか……。
「さ、三百五十万円を払います」
私には一千万円以上のタンス預金がある。三百五十万円を失っても、しばらく生活できるくらいのお金は残る。
それに、この弁護士が……、私は怖い。
ターゲットの振りをして近づいてくるなんて絶対におかしい。ここで要求を呑まなかったら、手段を選ばずに追い詰めてくるはずだ。
「ふざけないでくれ。そんな金額じゃ話にならない」
「四百万円でどうですか」
「一千万円だ」
「そんな! 受け取った金額の倍以上じゃないですか!」
いつの間にか、テーブルの上に封筒が置かれていた。それを弁護士は指でつまんで、中身を取り出した。
「これが最後の交渉のカードだ」
上部に大きな文字で『委任状』と書かれている。
「──ネット上で、あんたに騙された被害者が集まっているコミュニティを見つけた。彼らに接触して、こう伝えたんだ。東原瑠璃の詐欺を立証できる証拠を手に入れたと。それだけでほぼ全員から委任を受けられた」
「えっ」
「被害総額は千三百万円。俺がその気になれば、刑事告訴も集団訴訟の提起も、すぐに実行に移すことができる。この金額なら、まず間違いなく刑務所に収容される」
「一千万円というのは……」
「詐欺の被害金を取り戻す難しさは依頼者も理解している。七割以上取り返せるなら万々歳。喜んで示談に応じるだろう。その交渉権限も俺が一任されている」
身体の震えを止めるために赤ワインを喉に流し込んだ。
一年かけて、死に物狂いで集めてきたお金。それを根こそぎ奪われようとしている。この弁護士に出会っていなければ……。
私は、どこで選択を間違えたのだろう。
「あなたは何者なんですか」
そう訊くと、弁護士は口元に手を当てた。
乾いた音がして、テーブルの上に毛の塊が置かれる。それが付け髭だと遅れて気づいた。さらに、極太セルフレームの眼鏡を外した。
変装をしていたのか。一体、何のために──。
素顔を目の当たりにして、一人の弁護士の名前が頭に浮かんだ。
「どうして……」
笑みを浮かべているのは、一年前に会ったメルちゃんの弁護人だった。
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♂
どこにでもいそうな普通の女。
接見室で初めてメルと言葉を交わしたとき、俺はそう思った。
被疑事実は詐欺。被害総額からして実刑はほぼ間違いない。最低限の弁護活動だけ行って、形式的に情状酌量を求める。深入りするつもりはなかった。
「初めまして! えっ、蛭間先生、めっちゃ渋いですね……。タイプかもです!」
恋愛詐欺で一億円以上を騙し取っている。俺のような中年男は、ターゲットにしか見えていない。心地の良い言葉を並べ立てて、相手の懐に入り込もうとする。弁護人を味方につければ裁判を有利に進められると考えている──。
そういった被害者の魂胆が透けて見えていれば、心が動くことはあり得ない。
……そのはずだった。
適切な弁護活動を行うためには、罪を犯すに至った背景を明らかにしなければならない。家庭環境や職歴について質問すると、メルは軽やかな口調で壮絶な過去を語った。
不幸のフルコース。そう表現するしかない半生だった。そこに一切の嘘が含まれていないことが、マスコミの報道や警察から開示された証拠によって明らかになった。
同情すべき過去があったとしても、犯罪が肯定される余地はない。刑事弁護に携わる者であれば、そんなことは当然に理解している。一方で俺は、メルの人となりに興味を持った。もっと知りたいと思ってしまったのだ。
気がつくと、毎日のように接見に足を運んでいた。メルはいつも笑顔で俺を迎え入れて、嬉しそうに話し続けた。
どうしてメルは道を踏み外したのか。
その答えを知るには、被害者の言葉に耳を傾ける必要があった。
*
詐欺被害者の依頼を集めるのは難しいミッションではなかった。その多くは、消費者金融や闇金から金を借りている。貸主は効率的な回収を望んでいるので、被害者の救済を謳っている弁護士への紹介を躊躇うはずがない。
なぜ騙されたのか、加害者に対してどのような想いを抱いているのか。十人以上の被害者から話を聞き、詐欺師本人と相対するために被害金を買い取った。
その間も、メルとの接見は刑務官に不審がられるほど頻繁に行った。
話せば話すほどメルの魅力に心が奪われていった。眼前に座っているのは犯罪者だ。そう自分に言い聞かせても、彼女の目を見ただけで胸が高鳴った。
被害弁償を進めて、少しでも宣告刑を軽くする。
メルが罪を認めている以上、弁護人として目指すべきゴールは明らかだった。
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余罪が多くあったため捜査が長引き、裁判の日程が決まらないまま一年以上の月日が流れていった。暇を持て余していたメルは、手紙のやり取りに楽しみを見出していた。
相手の名前は東原瑠璃。定まった住所がなかったので、俺が歌舞伎町に足を運んで手紙の授受を手伝っていた。
メルの素顔を知りたくて、俺は内容を盗み見ていた。
「私が示談金を準備するから待っててね」
そう書かれた手紙を読んで怒りを覚えた。邪魔が入ったと思ったからだ。
メルを救うことができるのは、俺しかいない。それなのに、いきなりしゃしゃり出てきてかき乱そうとしている。
読み終えた手紙をシュレッダーにかけた。抱いた期待が大きいほど、ちゃぶ台をひっくり返されたときのショックは計り知れない。それなら最初から何も伝えない方がいい。
住所不定で無職……。東原瑠璃が大金を準備できるとは思えなかったが、念のため動向を追い続けた。その結果、恋愛詐欺を繰り返していることが発覚した。手に入れた金をメルに渡すつもりなのだと、手紙を読んだ俺はすぐに気がついた。
被害弁償をまとめなければならない。しかし、その手柄を奪われることは許せない。
葛藤の末、一つの計画が頭の中で組み上がった。
*
立場は違うが、東原瑠璃の気持ちは理解できた。罪を重ねて手に入れた金をメルのために使おうとしている。愛情や執着を動機とする行動であることは、まず間違いない。
だから、彼女の心を折る方法も簡単に思いついた。
メルの筆跡を真似て手紙を書いた。弁護人──、つまり俺への恋慕。ただひたすらに愛の言葉を書き連ねた。どうして恋に落ちたのか、どんな将来像を描いているのか、どれくらい幸福を感じているか……。メルも同じことを考えていると信じて。
東原瑠璃は次の手紙を送ってこなかった。自分の出る幕はないと悟ったのだろう。
時間稼ぎに成功した。ターゲットが網にかかるのを俺は待ち続けた。
*
遂にそのときが来た。東原瑠璃に騙された被害者、多森周平が事務所を訪ねてきたのだ。
被害金を買い取り、事実関係を聴取して、詐欺の証拠を手に入れる。欠けていたピースが次々と埋まっていく過程に興奮を覚えた。
そして、ルリから一千万円を奪い取ることに成功した。
もともとはメルに渡すつもりで溜め込んでいた金だ。俺が受け取った方が、有意義に使うことができる。
計画を成功に導くためなら手段を選ばなかった。
消費者金融業者に紹介料を支払い、二十人以上の詐欺被害者の斡旋を受けた。
多森周平以外の委任状は偽造して、逃げ道は残されていないと東原瑠璃を誤信させた。
前者は弁護士法違反、後者は私文書偽造と恐喝罪……。いずれも犯罪であり、露見すれば弁護士資格の剥奪では足りず、刑事処分を受けることになるだろう。
それでも、メルの力になれるのであれば、どんな汚れ役でも買って出る。
預貯金、詐欺師から回収した被害金、東原瑠璃から奪い取った一千万円──。すべてを合算した金額は三千万円を超えた。
被害総額には及ばないが、情状酌量を期待できるくらいはかき集められた。
きっと、メルも喜んでくれる。
*
留置所の駐車場に車を停めた。
準備は整った。今日の接見で通帳をメルに見せる。この残高をすべて被害弁償に充てると告げたら、どんな表情を浮かべるだろう。俺の想いは伝わるはずだ。
詐欺被害者と話していると虫唾が走るのは、同族嫌悪だったのかもしれない。
車を降りる前に、口臭をチェックしてルームミラーで髪を整えた。
──本当の弱者は救いたい形をしていない。
この言説が、頭にこびりついて離れないのはなぜだろう。