2020年に「見えない意図」で第42回小説推理新人賞を受賞した著者・藤つかさは、同作を含む『その意図は見えなくて』でデビューして以降、学園ミステリのジャンルで人気を博している。

 

 本作の舞台は文化祭。「自分らしく」に悩む高校生達の青春と日常の謎を絡めて描く群像劇を、ミステリ評論家の千街晶之さんによる解説でご紹介します。

 

 

『まだ終わらないで、文化祭』藤つかさ  /千街晶之 [評]

 

 学園ミステリといえば、わりと文化祭が舞台に選ばれることが多いというイメージがある。

 

 ちょっと思い返しただけでも、北村薫『秋の花』(1991年)、米澤穂信〈古典部〉シリーズのうち『氷菓』(2001年)から『クドリャフカの順番』(2005年)までの「文化祭三部作」、竹内真『文化祭オクロック』(2009年)、七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』(2010年)、似鳥鶏『いわゆる天使の文化祭』(2011年)、彩坂美月『金木犀と彼女の時間』(2017年)、朝永理人『幽霊たちの不在証明』(2020年)、青崎有吾『地雷グリコ』(2023年)の表題作など、枚挙に遑いとまがない。新世紀「謎」倶楽部『前夜祭』(2000年)のような、複数の作家によるリレー小説も存在する。かなりの人気と言っていいだろう。

 ここで紹介した作品には、所謂いわ ゆる「日常の謎」に属するものもあれば、ひとが死ぬ話もある。しかしいずれにせよ共通して描かれるのは、文化祭の特異性、すなわち、学校生活という日常の中で異彩を放つ非日常性だ。その晴れがましさ、賑やかさ、慌ただしさに満ちた空気の中で、普段は交わらない登場人物たちが顔を合わせ、彼らそれぞれの事情が交錯し、そこに生じた謎が解き明かされてゆく。そして、非日常の時間が終わり、高揚感が収束してゆく物寂しさが最後には待ち受けている。物語として非常に起承転結を用意しやすい設定であり、読者にとっても思い入れを抱きやすいあたりが人気の理由と言えそうだ。

 

 藤つかさの『まだ終わらないで、文化祭』(2023年11月、双葉社から書き下ろしで刊行)も、そんな文化祭ミステリの系譜に連なる一冊である。前作『その意図は見えなくて』(2022年)と同じく、八津丘や つ おか高校を舞台とする学園ミステリだ。前作の最終話「真相は夕闇の中」では、文化祭実行委員会室から文化祭のパンフレットが消えた謎が扱われていたが、本書はその直後の出来事ということになる。

 著者の経歴については『その意図は見えなくて』の文庫解説に記した通りだが、本書を読む上で必要最低限の事項のみ要約しておくと、2020年に「見えない意図」で第42回小説推理新人賞を受賞し、改題した同作を表題作とする連作短篇集『その意図は見えなくて』で単行本デビューしている。第2作の本書を読むにあたって、前作を絶対読んでいなければならないというわけではないものの、なるべく読んでおいたほうが人間関係の一部についてはわかりやすくなると思う。

 

 八津丘高校の文化祭は、毎年、予定にないサプライズ企画が慣例となっていた。ところが2年前、サプライズを注意しようとした教師が弾みで怪我をし、その瞬間の動画がSNSを通じて拡散され炎上するという騒動に発展したため、昨年はサプライズが禁止されることになった。

 今年の文化祭実行委員の一人で3年生の市ヶ谷のぞみは、文化祭一日目の朝に登校したところ、日本史の教師・尾崎から穏やかならぬことを告げられた。学校の掲示板に、あの二年前の文化祭ポスターが貼り出されていたというのだ。その文面は『BE YOURSELF』(自分らしくあれ)。「二年前と同じようなことをやるぞ」という予告だとも解釈し得る。のぞみたち文化祭実行委員の面々は尾崎に頼まれて、サプライズをやりそうな部活に聞き込みに行く。

 

 本書は、視点人物が4人いる群像劇の体裁を取っている(実際には他の視点人物も存在するが、それについては伏せておく)。まず、文化祭実行委員の市ヶ谷のぞみ。同じ3年生の文化祭実行委員・佐竹優希とともに聞き込みを行う役回りであり、一応、本書の探偵役という位置づけだ。聞き込み相手がポスターを貼ることが可能だったかという確認がメインであるため、自然とアリバイの検討が彼女の主な役割となる。

 あとの3人は、彼女が訪れる3つの部活の部員たちである。軽音楽部の一年生、うしとらカレン。家庭科部の一年生、城山葉月。そして自然科学部の一年生、田中梓。彼女たちの視点で描かれる章は、そのひとつひとつに登場人物たちが抱えた想いがあり、ささやかな謎とその解明がある。そしてのぞみは、3人の証言をつき合わせると矛盾が生じることに気づく。そこから彼女が導き出した結論とは?

 

 さて、『その意図は見えなくて』を既読の方は、文化祭実行委員のうち数人が、前作の重要登場人物であったことにお気づきだろう。中でも、3年生の佐竹優希、2年生の清瀬諒一は、前作で語り手の役割を担ったことがあった。のぞみの視点からは、彼らはやや辛辣に描写されている。

 先ほど、のぞみについて「一応、本書の探偵役」と記しておいた。『その意図は見えなくて』の文庫解説で指摘したことだが、前作ではいかにも名探偵的な言動の人物が推理を外す傾向があった。のぞみについても同じことが言えるのだろうか。また、清瀬と佐竹については前作の文庫解説で「清瀬が全篇を通しての探偵役なのだろうか。確かに彼は冷静沈着で洞察力に優れ、真相を早い段階で見抜くものの、自らを『凡人』と規定している彼の本領はむしろ事態を収束させる才能であり、時として、彼の動きがミステリにおける『犯人』または『共犯者』の役割に近い場合さえある。そんな清瀬の思惑について洞察し理解する佐竹こそが、真の探偵役を務める時もあるのだ」と記しておいた。本書では、そんな清瀬や佐竹、そして新キャラクターである市ヶ谷のぞみたちの関係が、各自の立場によって見え方を変えながら綴られてゆく。そこには神のようにすべてを見通す全知全能の名探偵はおらず、全員が青春という物語の当事者として人間臭く行動する。

 

 そして終盤、2人の登場人物が「自分らしさ」について語り合うシーンがある。ここに本書の重要なテーマが凝縮されている。自分らしさとは一体何か。──10代の頃にはどうしても囚われてしまうそんな問いが、文化祭という非日常の中で不意に突きつけられる。それを機として登場人物たちは自己像の呪縛から脱却して成長に至るのだが(ただしラストでは一人だけが結論を出せず取り残されるかたちとなるけれども、『まだ終わらないで、文化祭』というタイトルは、その人物が最後に思うことであると同時に、著者や読者からのその人物への励ましの言葉でもあるだろう)、そんな十代の心情を繊細に活写した著者の筆力は、前作よりも格段の進歩を見せている。

 

 エピローグに明記されなかった点について野暮を承知で補足しておくと(この解説を先に読んでいる方は、一行空けた次の段落まで飛ばしていただきたい)、屋上で告白された女子の名前は記されていないけれども、74ページと79、80ページに手掛かりが存在している。79ページに出てくるバンドについては、著者が「COLORFUL」2023年12月15日掲載のインタビューで、高校生の頃に義兄から譲り受けたウォークマンにそのバンドの曲が入っていて、「これは自分のための作品だ!」と衝撃を受けたと語っている。200ページに歌詞が出てくるのはそのバンドの2007年の代表曲。

 同じインタビューによると「妻との最初の会話のきっかけでもありましたし、結婚式でも流すほど思い入れのある曲です」とのことで、それをこの物語のクライマックスに持ってくるとは、著者もなかなかエモーショナルなことをするものだ。

 

 今回の文庫版には、同じシリーズの短篇「牡丹雪には気づかない」(初出《小説推理》2024年6月号)が併録されている。語り手は、『その意図は見えなくて』の第2話「合っているけど、合っていない」に登場していた陸上部員の2年生・柊。部長の発案で、陸上部の面々は連れ立って神社に初詣に行くことになった。柊たちが社殿に到着すると、副部長の清瀬と先輩の佐竹が先に着いていた。だが柊は、自分たちが来た裏参道に佐竹の足跡しかなかったことに気づく。では、清瀬はどこから来たのか? 柊は同級生の明日香と、この謎についてディスカッションする。

 

 ミステリの世界では、現場周辺にあるべき犯人の足跡が残っていない︱︱というシチュエーションを「足跡のない殺人」と呼ぶ。中でも、雪上に足跡がない場合は「雪の密室」あるいは「雪密室」と呼ばれており、古くはカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』(1934年)や横溝正史『本陣殺人事件』(1947年)、最近では楠谷佑『案山子の村の殺人』(2023年)などが該当する。

 しかし、「日常の謎」と「雪の密室」の取り合わせというのは珍しく、その意味で本作はかなりユニークだ。しかも、普段は目立たない清瀬の行動がメインの謎となるあたりも異色だが、縁の下の力持ち的存在の彼が部員たちに愛され、また理解されていることがわかってホッとするような内容であり、読後感は爽やかだ。また、部員の染谷の性格が以前と変わった理由などについては作中では具体的に記されていないものの、「合っているけど、合っていない」を既読の方であれば感慨深い筈である。

 

 なお、著者は本書刊行後、2025年にKADOKAWAから長篇『名探偵たちがさよならを告げても』を上梓した。学園ミステリという点はそれまでの2作品と同様ながら、初めて「日常の謎」ではなく殺人事件を扱っている。学園ミステリを作風のひとつの軸としつつ、その幅を拡げようとしている著者の今後の活躍から目が離せそうにない。