就職活動に行き詰まった青年・栗原は、亡き母の影響で建築を志すも、「母の話をすると呼吸ができなくなる」奇病のせいで、面接で志望理由を語れずにいた。そんな折、祖母が彼の誕生前年に「古地図を握りしめたまま」不可解な死を遂げ、母はその謎を追い続けていたことを知る。「母の無念を晴らせば、何かが変わるかもしれない」栗原は古地図の真相を求め、海辺の廃集落へ旅立つ。待っていたのは、奇怪な事故、因縁のトンネル、そして、地図に隠された、あまりに悲しい真実だった。

 

 書評家・朝宮運河さんのレビューで『変な地図』の読みどころをご紹介します。

 

 

 

■『変な地図』雨穴 /朝宮運河 [評]

 

 累計700万部という驚異的な売り上げを記録している雨穴の「変な」シリーズ。その最新作『変な地図』(双葉社)がついに発売された。

 

 奇妙な“間取り図”から怖ろしい事実が浮かび上がる『変な家』(飛鳥新社、2021)、9枚の絵にまつわる衝撃の真相が明かされる『変な絵』(双葉社、2022)、再び間取り図の謎に挑んだ『変な家2 11の間取り図』(飛鳥新社、2023)とこれまで3冊発表されている「変な」シリーズは、新感覚のミステリー小説として話題を呼び、すべての作品が大ヒット。アメリカ・中国・イギリスなど世界各国で翻訳され、高い評価を得ている。

 

「変な」シリーズ最大の特徴は、間取り図や絵などのビジュアル要素が、謎解きの大きな鍵となることだ。読者は作中に掲載された図版を手がかりに、語り手である雨穴とともに奇妙な図像に隠された真実に迫ることになる。こうした謎解きゲームのような感覚と、意外性を含んだストーリーの面白さ、ほどよく不気味なホラー的な味つけが相まって、多くの人を惹きつける雨穴ワールドはできあがっている。

 

 約2年ぶりとなる新作『変な地図』のモチーフは、一枚の古地図だ。その地図には7体の妖怪のようなものと、海沿いにある集落、女性の人影などが描きこまれている。果たしてこの地図は、何を意味しているのか? それが物語の中心に据えられた謎である。

 

 主人公は22歳の大学生、栗原文宣。そう、これまでのシリーズで鮮やかな謎解きを披露してきた、設計士・栗原さんその人である。『変な地図』はミステリアスな魅力をたたえたキャラクター・栗原の、知られざる過去を描いた物語なのだ。

 

 2015年7月、卒業を来年に控えて就職活動を続ける栗原は、なかなか内定を得られずにいた。なぜ大学で建築学を専攻したのかという面接での問いに、うまく答えることができないのだ。彼が建築学を志したのは、学者であった亡き母の影響だが、それを口に出そうとすると発作が起こってしまう。

 

 そんなある日、実家で暮らす父から、空き家になっている祖母の家(栗原の母の実家)を処分したいという相談を受ける。父親と空き家を見に行った栗原は、祖母がその家で不可解な死を遂げていたことを見抜き、一枚の地図を発見する。妖怪のようなものが描かれた、奇妙な古地図だ。

 

 栗原の母もこの地図の存在に気づき、祖母の死の理由を探っていたらしい。母の謎解きを完成させることを決意した栗原は、就職面接までの1週間をタイムリミットに、古地図の謎に挑んでいく。

 

 一読して感じたのは“「変な」シリーズの劇場版”のような長編、ということだ。小説で劇場版というのもおかしな喩えだが、これまでの3冊をテレビ放映版だとするならば、『変な地図』はいわば劇場公開用に製作された特別編。連作形式ではなく起承転結のある長編であること、事件がリアルタイムで進行すること、これまで以上にスケールの大きい謎を扱っていることなどが、特別感を与える理由だろう。もちろん人気キャラクターである栗原の、学生時代にスポットを当てるという設定も、強力なフックになっている。

 

 母の日記から、古地図が示しているのがR県の河蒼湖集落跡地であると知った栗原は、「知りたい」という気持を抑えられずその土地に向かう。私鉄の駅でトラブルに巻き込まれかけた栗原だったが、帆石水あかりという若い警察官に助けられ、彼女の実家である旅館に宿泊することになる。しかし集落を調べにきたという彼の言葉に、あかりの家族は複雑な表情を浮かべる。

 

 集落の秘密を探る栗原の物語と並行して、観光開発計画に揺れる地方の複雑な人間模様が描かれていく。実は作品の冒頭、ある人物がトンネル内で目を覚まし、電車が迫っているのに気づくというショッキングな場面があるのだが、その事件も私鉄会社の権力争いに関わっているのだ。栗原はあかりと知り合ったことから、こちらのトラブルにも関わりを持つようになる。お互い支え合う栗原とあかりの関係も、今作のひとつの読みどころだ。

 

 作中には大小いくつもの謎が登場するが、地図やイラストとともに提示されるので、ミステリー小説に慣れていない人でもついていきやすい。多くの読者を夢中にさせてきた、ビジュアルを使った謎解きの面白さは今回も健在だ。書籍には考察用に河蒼湖周辺の特大マップがついているので、それを見ながら考察に挑むのもいいだろう。

 

 それにしても一枚の古地図に、これほどの物語が隠されていたとは驚きだ。絵解きによって、奥行きのある人間ドラマが浮かび上がってくるという展開はまさに「変な」シリーズの醍醐味。しかし本作は特にその作り込みがすさまじい。地図が何を意味しているのかという部分以上に、「地図がなぜ作られたのか」という動機に驚嘆させられた。

 

 閉鎖的な集落を描いているという点では、デビュー作『変な家』と共通するところもあるが、今作は暗く不気味なだけの物語ではない。解釈によっては前向きな希望をも感じさせる、そんなミステリーになっているのだ。従来の雨穴らしさはそのままに、より深みのある物語へ。作家デビューから4年、小説をはじめドラマやアニメなどさまざまな媒体で活躍してきた経験が、本作には生かされているようにも思う。

 

『変な地図』はシリーズを追ってきたファンにとって、栗原の内面に触れることができる貴重な作品だ。これまで語られてこなかった過去を知ることで、栗原というキャラクターのことが、これまで以上に魅力的に感じられるだろう。もちろん本作から読み始めてもまったく問題はないのでご心配なく。一枚の地図からスケールの大きな物語が広がっていく面白さは、まさに雨穴ミステリーの真骨頂。稀代のエンターテイナー・雨穴の才能が注がれた、大満足の力作だ。