刑務所では、出所した受刑者の社会復帰を支援するために職業訓練を行っている。中には美容師になるための訓練を行う刑務所もあり、受刑者が一般客の髪を切ることも。
『塀の中の美容室』(桜井美奈・著)は、そんな特殊な刑務所内の美容室をモデルにした小説で、2025 年8 月22日(金)からWOWOWで連続ドラマ化される。服役中の美容師・小松原葉留を演じる奈緒さんに、役柄に込めた思いをうかがった。
取材・文=野本由起 撮影=鹿糠直紀
刑務所で葉留として過ごしてわかった受刑者の心情
──法務省矯正局の協力のもと、今回のドラマでは実際の刑務所内でも撮影を行ったそうですね。どのような気持ちで撮影されましたか?
奈緒さん(以下=奈緒):待ち時間は、空間に慣れるために葉留の居室(独房)で過ごすようにしていました。葉留でいる時間と私でいる時間とで、部屋の居心地が全然違いましたね。葉留でいる時は、毎朝定時の音楽で起床して、ルーティンどおりの生活をして、祝日に配布される祝日菜(お菓子などの甘いもの)を食べて。居室(独房)は冷たく感じられ、とても孤独でした。でも、私でいる時はすごく居心地がよかったんです。とても不思議な体験でしたね。自分の立場ひとつで、場所の捉え方も変わるんだなと思いました。
窓には鉄格子がはまっていますが、そのデザインがかわいくて、女子刑務所は人の心に寄り添って細部まで設計されているという発見もありました。なにより、刑務官の皆さんがとっても明るくて優しい方々ばかりだったので、お話ししていると元気になりましたし、パワーをいただきました。

──撮影中、印象に残ったことはありますか?
奈緒:台本には書かれていないのですが、実際に刑務所に行くと、点検など私たちの生活にはないルールがたくさんありました。台本のト書きには書かれていないルールを、みんなで協力しながら埋めていくのは貴重な経験でした。
──特に驚いたルールはありますか?
奈緒:受刑者は、刑務所内で誰かとすれ違う時に壁側を向いて待っていなければならないんです。ドラマでも、さりげなくそういう場面が出てきます。何の説明もないので少し違和感があるかもしれませんが、受刑者の皆さんにとってはそれが日常。そういった、ひとつひとつのルールにたくさんの驚きがありました。
ドラマの中では、葉留が鳥の鳴き声を気にする描写があるのですが、実際に刑務所の中を歩く時は空を見上げることもままならないんですよね。「自分は怪しい行動をしていません」と示すために、規律を守ることを体に沁み込ませて生活しているので、きょろきょろと辺りを見回すような自由も少ない。台本を読んだ時点ではわかりませんでしたが、実際に葉留として生活する中で「あ、だから葉留は空を見上げたかったんだ」と理解できました。
──葉留にとって、美容室担当の刑務官・菅生は特別な存在だったのではないかと思います。菅生を演じる小林聡美さんと対峙し、どんな印象を受けましたか? 他にも、共演者とのエピソードがあれば教えてください。
奈緒:聡美さんは、とにかくチャーミングなんです。人には誰しもかわいい部分がありますが、聡美さんが演じると、どんな役でもチャーミングな人間味とぬくもりを感じます。聡美さん自身からにじみ出るものなのか、演じている菅生さんもとてもチャーミングで……。一緒にいるとすごく安心するんですよね。その包容力と優しさに憧れますし、「聡美さんってやっぱりすごいな」と今回もたくさん感じました。
それに、聡美さんも、葉留の姉・小松原奈津を演じた夏帆さん、葉留と奈津のお母さん役の朝加真由美さんも、すごく「生活」を大切にされていて。お話をしていても、日々の暮らしの中で小さな幸せ、喜びを感じていらっしゃることが伝わってきて、だから皆さんのお芝居から「生活」を感じられるのだと、改めて学ばせていただきました。
──撮影現場はどんな雰囲気でしたか? 刑務所での撮影とあって、ピリピリしてはいませんでしたか?
奈緒:全然ピリピリすることなく、ほんわかしていました。ただひとつ挙げるなら、今年のはじめに撮影したので、とっても寒かったんです。今は刑務所の中もエアコンが効いていますが、撮影ではもう使われていない刑務所をお借りしたので、暖房設備がなくてすごく寒かった。ピリピリはしていなかったですけど、みんなプルプルはしていました(笑)。

ドラマならではの表現を目指して
──原作から変えずに大切にしたこと、ドラマならではの新たな表現や見どころをお聞かせください。
奈緒:原作がある作品を映像化する時は、ドラマだからできる表現、映像だから伝えられることを、より良い形でお届けすることが私たちの課題だと思っています。同じセリフを発したとしても、文章と生身の俳優が演じた映像では伝わり方が違いますよね。今回のドラマでも、原作のセリフが視聴者の皆さんの心により届くよう、現場で改善することがありました。
たとえば、原作ではこのタイミングでセリフを発しているけれど、別のタイミングにしたほうがいいんじゃないか、とか。原作で重要なセリフだからこそ、原作を読んだ時の感動が伝わるように、役者が発した時に映像になじむようにと、現場のみんなで相談しながら調整を重ねていきました。
──お話をうかがっていると、本当に現場で作り上げた作品なんですね。
奈緒:そうなんです。監督の松本佳奈さんの現場は安心感があって、気づいたことをみんなで何でも言い合えるんですよね。風通しのいい環境だからこそ、現場で起きることをみんなが楽しみながら、より良い作品にしていくためのセッションが生まれました。
──このドラマでは、葉留のもとを訪れ、髪を切った女性たちの心境の変化が描かれていきます。奈緒さんは実生活において、髪を切って気持ちが変わったことはありますか?
奈緒:それが、私にはプライベートではそういう経験がずいぶんないんですよ! ハッとしました。仕事柄、もう何年も自分の好みで髪の毛を切ることがなく、美容室に行っても「次はこういう役なので」と役柄に合わせて髪型を変えてきました。ただ、髪型を変えることで役がより自分の中で立体的になる感覚はあります。今回の作品に出演して、あらためて髪型の力、大切さを実感しました。
これまでは、できるだけ役に近い髪型にすることがひとつのこだわりでしたが、じゃあ、私自身がやりたい髪型ってどんなのだろう、どんな髪型なら落ち着くんだろう、自分の髪を大切にできているんだろうかと、考えるきっかけにもなりました。
──今、奈緒さんが自由に髪型を選べるなら、どんなヘアスタイルにしたいですか?
奈緒:全体をちょっと伸ばして、前髪も伸ばしたいかな……。葉留がいる美容室でそんなことを言ったら、葉留に「まずはしっかり伸ばしてから来ましょう」って言われちゃいそうですね(笑)。

実在する女子刑務所の美容室をモデルに描いた感動作、連続ドラマ化!
ドラマ『塀の中の美容室』
WOWOWにて8月22日(金)放送・配信スタート
毎週金曜よる11時
https://www.wowow.co.jp/drama/original/heinonaka/