日本の一部の刑務所には、受刑者が一般客の髪を切る美容室があることをご存じだろうか。『塀の中の美容室』(桜井美奈・著)は、女子刑務所に実在する美容室をモデルにした小説だ。
2025年8月22日(金)から、同作を原作としたWOWOWの連続ドラマの放送・配信がスタートする。受刑者であり、美容師でもある小松原葉留を演じるのは、ドラマや映画、CMなどでの活躍が目覚ましい奈緒さん。さまざまな事情を抱えた一般客との出会いを通じ、みずからが犯した罪と贖罪、これからの人生とどう向き合っていくかを真摯に演じている。
撮影にあたり、小説のモデルとなった女子刑務所を訪れ、カットやヘアアレンジの練習も重ねた奈緒さんに、原作の魅力やドラマの見どころをうかがった。
取材・文=野本由起 撮影=鹿糠直紀
葉留は普通の女の子。誰もが葉留になる可能性がある
──受刑者である美容師の小松原葉留を演じるにあたって、原作小説を読んだ感想をお聞かせいただけますでしょうか。
奈緒さん(以下=奈緒):刑務所の中を題材にしていますが、そこにやってくる「塀の外」の人たちのお話でもあるのが見どころです。遠い世界の話ではなく、自分自身にも当てはまるお話として、きっとたくさんの方にご覧いただけるだろうと思いました。
葉留の過去がだんだん明かされていくのも、興味深かったです。彼女はどんな罪を犯して刑務所に入ったのか、読者の皆さんはいろいろな想像をすると思います。怖い想像をする方もいるかもしれませんが、私は葉留の過去を知って「あ、普通の女の子なんだ」と感じました。私たちはまだ罪を犯していないだけで、誰もが葉留になる可能性がある。だからこそ、読後には葉留の人生、そして彼女の家族の人生を考えましたし、もし自分が葉留に関わるとしたら何ができるのか、葉留が髪を切る美容室に行ったらどんな話をするのかと想像が広がりました。原作を読んだ方とドラマをご覧になる方にも、どの登場人物の立場で、どんなことを想像したのか、ぜひ聞いてみたいです。
──撮影現場に原作者の桜井美奈さんもいらっしゃいましたね。
奈緒:そうなんです。撮影の合間にお話しすることができましたが、ドラマ化をとても喜んでくださっていて、ほっとしました。
──今日の取材に際して、桜井さんから質問を預かってきました。「主人公の葉留は犯罪者ですが、置かれた環境に距離のある人物を演じる場合、どうやって役を作っていくのでしょうか」という質問です。
奈緒:役を演じるうえでは、自分と同じところと違うところ、そのどちらもがヒントになるんです。自分との共通点と同じくらい、自分と違うからこそ想像できることもたくさんあります。
葉留役に関して言えば、私が普段どおりの日常生活を過ごせば過ごすほど、「あ、この時間が葉留にはないんだ」「今、葉留だったら何をしているんだろう」と想像する時間が生まれました。葉留は生まれながらにして塀の中にいたわけではなく、私たちと同じように塀の外での生活を経て塀の中に入ったのです。この作品で葉留を演じるうえで、「私たちと葉留の日常は同じなんだ」と、どれだけ感じられるかを大切にしました。
──先ほど「葉留も普通の女の子」とお話ししていましたが、奈緒さんと葉留で重なる部分はありましたか?
奈緒:葉留は真面目だからこそ、自分の犯した罪を許すことができません。その真面目さ、自分自身を許せないという気持ちの強さに、共感を覚えました。日々いろいろなルールを守って真面目に生きてきたからこそ、葉留は自分を許せないんでしょうね。罪を犯してしまった自分を、どう受け入れて生きていくのか。そこに彼女は苦しむんじゃないかと思いました。
──原作小説では、美容室を訪れる客の視点で物語が描かれ、葉留の心情はエピローグになるまで語られていませんでした。そんななか、奈緒さんは葉留という人物をどのようにして解釈したのでしょう。
奈緒:他人から見た印象でも、その人の人間性はわかると思うんです。美容室を訪れるお客さんが葉留をどのような人だと思ったのか。そこから、たくさんのヒントを得ることができました。
それと同時に、葉留自身にしかわからない葉留もいるはずです。彼女だけが知っていることについては、撮影現場に身を置くことで感じたことも多かったですね。共演者の皆さんとお芝居をする中で、「あ、こんな気持ちになるんだ」「こういう時に幸せを感じるんだ」「幸せを感じたことで、そのあとにまた罪悪感が深まってしまうんだ」と思うこともたくさんありました。現場では、こうした感情をビビッドにすくいとれるよう、心がけました。

一カ月間みっちり練習を重ねてカットとヘアアレンジに挑戦
──撮影前には、原作のモデルになった岐阜県の笠松刑務所を訪れたそうですね。それによって、奈緒さんの意識に変化はありましたか?
奈緒:女子刑務所の様子を目にしていろいろなお話を聞き、所長や刑務官の皆さんのお人柄に触れたことで、今の刑務所のリアルをより広く知ってほしい、伝えなければならないという意識が芽生えました。刑務所のイメージをアップデートするためにも、この作品は必要なんだと感じる一日でした。
──やっぱり外から見るイメージと実際の刑務所は違うものですか?
奈緒:全然違いました。刑務官の皆さんも、「自分たちが働いている刑務所の中と外では、イメージにギャップがあるように思います」とおっしゃっていました。「本当は取材をたくさんお受けしたいけれど、受刑者のプライバシーも大事。みんなを映せるわけではなく、一人ひとりに確認を取るのも大変なので、刑務所の中を見ていただくことがなかなかできません」とお話しされていました。「ひとりでも多くの方に内部を見ていただくことで、受刑者が社会復帰する時のイメージが変わったらうれしい」という刑務官の皆さんの願いが、この作品によって少しでも叶えられたらいいなと思いました。
──美容師役を演じるにあたり、一カ月間ヘアカットの練習をされたそうですね。1カ月という短い期間でどれくらいの技術を習得できましたか?
奈緒:美容師さんの技術を習得するにはあまりにも短すぎる期間でしたが、練習に一カ月もいただくのは稀有なことで、とてもありがたかったです。私の希望で練習の回数も増やしていただきましたし、エキストラさんに募集をかけて実際に髪の毛をカットさせていただく体験もできました。あの時間がなかったら、実現できなかったシーンもあったと思います。
──おもにカットの練習をしたのでしょうか。
奈緒:編み込みの練習もしました。もちろんカットも楽しかったのですが、ヘアアレンジは「これならお友達にやってあげられるかな~」という現実味のある練習だったので、とても楽しかったです。撮影の合間には、「髪の毛、触っていい?」とスタッフさんの髪を結わせてもらったこともありました(笑)。
ヘアアレンジを練習させてくださったエキストラさんから、「このあと子どもの学校行事に行くんです」と言われたこともありました。とてもきれいなストレートのロングヘアの方でしたが、編み込みのアレンジをしたところ「このまま行きます」と言ってくださって。「私のお客さまがこのまま街を歩くんだ」と思うと、ピンひとつ打つ手にも力が入りました。練習だけで終わっていたら、きっとそういう緊張感も味わえなかったはず。セットした後の髪型の崩れにくさまで想像することが、美容師さんにとってはすごく大切なんだなと気づくことができ、とても感謝しています。
〈後編〉に続きます。

実在する女子刑務所の美容室をモデルに描いた感動作、連続ドラマ化!
ドラマ『塀の中の美容室』
WOWOWにて8月22日(金)放送・配信スタート
毎週金曜よる11時
https://www.wowow.co.jp/drama/original/heinonaka/