結婚直前で婚約者に浮気をされ破局した29歳の凪は麗しい老婦人に拾われ、結婚相談所のお手伝いをすることに。幼い頃から他人への興味が薄く、「恋」がわからないと思い悩んでいたが、少しずつ考え方が変わってきて──。
「小説推理」2025年2月号に掲載された書評家・あわいゆきさんのレビューで『恋じゃなくても』の読みどころをご紹介します。
■『恋じゃなくても』橘もも /あわいゆき [評]
結婚する理由は「恋じゃなくても」いい──意識してしまう「ふつう」から解き放たれて自分にとっての幸せを見つける、歳の離れた女性2人の物語
結婚するかは人それぞれ。結婚情報誌も「結婚しなくても幸せになれるこの時代……」と打ち出しているいま、結婚に対する自由なスタンスを主張するのは容易い。しかし一方で、異性と恋愛し、結婚し、子どもをつくる──その過程を経た、ホームドラマのような愛情あふれるふつうの家庭に、幸せそうな印象をぼんやり抱くひとも多いだろう。
もちろん、そうした幸せも間違いなく存在する。ただ、自分や相手も同じようなふつうの家庭を築ければ幸せになれるはずだと決めつけるのは、危うさを伴う。
本作の主人公・結木凪は婚約していた稜平の浮気を知った日、78歳の一条芙蓉に声をかけられ、彼女が所有している小さなビルでともに生活を送るようになる。芙蓉は亡き夫が立ち上げた結婚相談所「ブルーバード」で、会員が仲人に打ち明けづらい相談事をかわりに引き受けていた。凪は芙蓉の相談に同席するうち、結婚すれば幸せになれるはずだと決めつけていた自分自身に気づいていく。
本来幸せとは「これが幸せだ」と決めつけられるものではないはずだ。たとえば凪が愛情表現をしない一方、稜平はもっと甘えてほしいと思っていた。同じ〈好き〉でも、感情の伝え方や受け取り方は異なるし、感情自体にもグラデーションがある。万人にとっての幸せがない以上、ふつうの家庭なんて存在しないし、目指したところでお互いの幸せにはならない。結婚にまつわる相談を通して、いまだ現代社会に根ざしているふつうの異性愛至上主義によって排除される幸せを丁寧に指摘していく。
では、どうすればお互いが幸せになる結婚が叶うのか? その道を模索してくれるのが、結婚相談所の仲人や、相談を請け負う芙蓉だ。フラットな視点から双方に寄り添う第三者は、「これがあなたにとっての幸せだ」と押し付けない。だからこそ、決めつけることで排除してしまった幸せを探していける。そしてこのフラットな視点は、当事者にも意識できるはずだ。ふつうの幻想に囚われるのではなく、自分と相手の価値観の違いを認めたうえで尊ぶ。その思いやりの姿勢こそが、幸せな関係性を築く第一歩だ。
どんな結婚をしたいかは、どう生きていきたいかと同じだと凪は語る。ふつうの呪縛から解き放ち、各々の幸せを肯定するかたちで寄り添う本作は、読んだひとが最も幸せな生き方を見つけるための手助けになるに違いない。