結婚直前で破局した29歳の凪は、芙蓉という老婦人に拾われ、ひょんなことから彼女の結婚相談所の手伝いをすることに。「好きだから」「子供が欲しいから」「安心したいから」「世間に認められたいから」……。さまざまな結婚の動機を持つ相談者の話を聞くうちに、凪は自分にとっての「幸せ」を考えていく。
さまざまな人が思い悩む「結婚」をテーマとした小説『恋じゃなくても』。どのような思いを込めて本作を執筆したか、著者の橘ももさんにお話を伺った。
社会の秩序を守ることと個人の幸せの追求は相反する
──『恋じゃなくても』は、結婚直前の恋人と別れた29歳の凪が、結婚相談所に携わる78歳の老婦人と出会い、さまざまな人の「結婚」にまつわる悩みと向き合う物語。今作の設定はどのようにして思いついたのでしょうか。
橘もも(以下=橘):担当編集者さんから「バディものを読んでみたい」と言われたとき、思い浮かんだのが、20歳上の編集者Iさんでした。もともと編集者として働いていた時代の上司であり、その後ライターとなった私を育ててくれた恩師のような存在であり、自著『忍者だけど、OLやってます』の初代編集者でもあります。仕事がなければ、さほど連絡をとりあうこともありませんが、仕事を通じてたくさんプライベートの話もしたし、いろんな感情をさらけだしたりもして、ただの仕事相手とは呼べない存在です。私にとって特別で、大好きなIさんとの関係を重ねてなら、バディものが書けるかもしれないなあと思ったのです。
『恋じゃなくても』の前段には「婚活迷子、お助けします。」というWebで連載していた小説があり、これも実は、Iさんが編集担当でした。当時は、凪のような主人公の女性が仲人として働き、会員たちの婚活模様を描き出すというものでしたが、「結婚相手を見つけるか、見つけないか」しか着地点がないその設定では、なかなか物語をつくるのが難しいなあと感じていました。それで、結婚相談所のなんでも相談窓口、みたいな設定を思いつきました。
──前作の『忍者だけど、OLやってます』の印象とは違うタイプの主人公を描かれましたが、凪と芙蓉のバディを書いてみて面白かった点、苦労した点などはありますか。
橘:なかなかバディものにならなかったことです(笑)。芙蓉さんの手助けをするとか、家賃を払うとか、凪がギブするものはあるけれど、芙蓉さんに与えられているもののほうが圧倒的に多いし、そもそも凪は感情の起伏が平坦で、あんまり動きたがらない。どうしたものかなと。そんなとき、Iさんとプライベートでお会いする機会がありました。「Iさんは何のメリットがあって、私とこういう時間を持つんですか」と聞いてみたら、「違う世代の人の話を聞くのはおもしろいし、年齢を重ねてつきあう人も減ってくると、なかなか他人と交流する機会がない。会って話す、というだけでそれはとても嬉しいことなのだ」というようなことを言われて。凪が芙蓉さんに具体的に渡せるものはないけれど、芙蓉さんの日々に新しい風を吹き込むような、そんな存在になったらいいなと思って書き始めてからは、うまくいきました。
──結婚をするかどうかさまざまな意見が作中で出て来ますが、どの人物たちも自分が幸せになるために一生懸命もがいている姿が印象的です。橘さんがこの「結婚」というテーマを描き終えたあとで、ご自身の中で考え方が変わったところや、あらたに発見したことなどはありますか。
橘:私は基本的に、その人が幸せならなんでもいいじゃん、というスタンスなので、選択的夫婦別姓とか同性婚とか、どうして反対する人がいるのか、根っこのところで理解しきれない部分があるのですが、いろいろ見聞きしたり資料を読んだりしていくうちに、結婚というのは社会的な承認制度なんだなあ、と気づかされました。社会の秩序を守る、全体のバランスを整えるということと、個人の幸せの追求って、どうしても相反する部分が出てきちゃうんだな、と。それでも「幸せなら、それが一番じゃないか」と言っていきたい気持ちはありつつ、そのあたりの齟齬についても、もっと考えていきたいと思っています。
自分を責めたくなったとき、この小説を読んで味方がいるような気持ちになってほしい
──作中には結婚したいけど「恋がわからない」という凪のほかにも、結婚したいけど配偶者とセックスをしたくない女性、配偶者を愛せないけど子どもが欲しい男性など、さまざまな悩みを抱える人物が登場します。そのような人物たちの悩みを丁寧に描いていく上で、意識した点があれば教えて下さい。
橘:あくまで、登場人物たちの個人的なケースであって、同じ悩みを持つ人たちにとってのすべてではない、ということ。当事者ではない私が理解しえないことを、わかったふりしないこと、でしょうか。あと、できるだけ誰のことも否定したくない、と思っていました。その想いが強すぎて、ちょっと言い訳がましくなったり、くどくなったりしたところは、担当編集者さんに指摘していただきつつ、修正していきました。
──今作では毎話、和菓子職人の繕が作るおいしそうな和菓子が登場します。カバーにも和菓子が登場しますが、毎話のモチーフとなる和菓子はどのようにして考えられましたか?
橘:私のはとこ(祖父母同士が兄妹)が、和菓子をつくる人で。もう本当に、美しくて、物語性のある和菓子をつくるんです。しかも、おいしい! もともと和菓子は好きですが、積極的に食べるようになったのは、彼女の影響です。いつか、コラボさせてほしいという話も、ずっとしていました。今回、念願がかなったので、嬉しいです。モチーフとなる和菓子は、彼女がインスタに載せているものから選び、季節感のある文章を添えていたので、それも一部、お借りしました。ただ、「あまてらす」という和菓子だけは、オリジナルで考案したものです。でも、ぼんやりとしたイメージしかなかったので、はとこに小説を読んでもらい、具体的な特徴は考えてもらいました(笑)。
──橘さんが今後描いてみたいもの、興味のあるテーマなどはありますか?
橘:恋愛ではない結婚のかたちをテーマに書いたので、逆に、次は恋愛小説を書いてみたいなと思っていますが、そのつもりで書いても「これは恋愛小説ではない」と友人から言われてしまうので、どうなることやらという感じです(笑)。
あとは、ずっと、凪や繕ちゃんのように、普通の型からどうしても外れてしまう人たちに興味が向いていたのですが、芙蓉さんみたいに、普通の枠組みのなかにいるからこそ、ほんのちょっとの他人との差異が気になってしまう人たちのつらさみたいなものを、もうちょっと考えてみたいなと思っています。
──最後に、これから本作を読まれる読者さんへ、読みどころや楽しんで頂きたいところなどを教えてください。
橘:私は私のままでいい、と思える瞬間があったとしても、すぐに揺れるのが人の心。でも、そういうあなたが好き、と言ってくれる人がひとりでもそばにいてくれたら、胸を張って前を向いていけるような気がするんです。結婚って、そういう、いちばんの味方と一緒に生きていくことなんだろうな、と。でも、どうしたって結婚には、運と縁とタイミングが必要で、努力すれば報われるとも限らないのが婚活というもの。だから、心がどうしようもなく揺さぶられて、自分を責めたくなったとき、この小説を読んで少しはほっとできる、味方がいるような気がする、そんな気持ちになってもらえたらいいなと思います。