東京の下町にある喫茶店は、悩みを抱えた人間たちにとって心のよりどころだった……。人を殺してしまった過去を持つ『珈琲屋』の主人・行介と、行介のかつての恋人、幼馴染みを軸にした人間模様が描かれる人気シリーズ第6作。突然、珈琲屋に預けられた5歳の女の子の正体とは? 

「小説推理」2024年12月号に掲載された書評家・吉田伸子さんのレビューで『珈琲屋の人々 遠まわりの純情』の読みどころをご紹介します。

 

珈琲屋の人々 遠まわりの純情

 

■『珈琲屋の人々 遠まわりの純情』池永陽  /吉田伸子 [評]

 

島木にまさかの隠し子発覚!? 主人公の行介に加え、ぐんと存在感を増した島木と冬子にも注目。シリーズ第6作は、「珈琲屋シリーズ」第2章の幕開けである!

 

 テレビドラマ化もされ、根強いファンに支えられてきた『珈琲屋の人々』も、巻を重ねて本書でシリーズ6作め。作者である池永さんの作家人生のほぼ半分を並走してきた、池永さんにとって、アイコンの一つのような作品である。

 シリーズを読み継いできた方たちには、説明は不要だと思うのだが、本書で初めてシリーズと出会うかもしれない方たちのために、ざっくりとシリーズの概要を。

「珈琲屋」というのは、今は亡き父親から主人公の行介が受け継いだ喫茶店で、その行介と店を訪れる人々のドラマを描いたのが本シリーズだ。行介には、義憤に駆られたとはいえ、人を殺めてしまい服役していたという過去がある。人として許されない過ちを犯してしまったこと、そんな自分を許せない行介は、自らを罰するかのように、珈琲を淹れるためのアルコールランプに手をかざすことをやめられない。

 そんな行介を支えているのが、行介の幼馴染であり、商店街で洋品店を営む島木と、「蕎麦処・辻井」の一人娘、冬子だ。島木は無類の女好きであり、好みの女性とあればすかさずちょっかいを出さずにいられない。これまで何度もやらかしているものの、根っからの陽性なキャラクターで憎めない。服役前の行介の恋人だった冬子は、心ならずも一度は他家に嫁いだものの、行介への想いを断ち切れず、わざと浮気をすることで婚家を追い出されるように仕向け、実家に戻って来た。人目を惹きつける美貌の持ち主である冬子だが、彼女にとっては行介がただ一人の男だ。

「珈琲屋」を訪れる人々は、みな何かしら事情を抱えている。彼らはかつて罪を犯した行介と対峙することによって、自分の心とも向き合うことになる。あちら側=人を殺めてしまった行介に堕ちてしまうのか、それともこちら側でふんばるのか。

 シリーズを読み継がれて来た方なら、読み進めていくうちに気がつくと思うのだが、本書は、シリーズのセカンドシーズンの始まりである。これまで訪れる客たちと向き合ってきたのは、表立っては行介ひとりだったのだが、本書では島木と冬子も前面に出てくるように。そのことが違和感なく読者の胸に落ちるような、収録作7話になっているのだ。その辺りの絶妙な塩梅を、ぜひ味わって欲しい。池永さんの物語巧者ぶりが、本シリーズを息の長いものにしているのである。