真夏の上海出張からわずか1カ月あまり。今回向かったのは湊さんが作家としてはじめて招待されて訪問したゆかりの深い国・台湾。『告白』『贖罪』『Nのために』をはじめ、多くの湊作品が翻訳されている国だ。今回はそんな台湾でもっとも権威がある文学賞「ゴールデン・トライポット・アワード」のプレゼンターとして招待され訪台することに。アワード主催の記念講座の模様も含めて、4泊5日の台湾出張の模様をお届けする。
(2024年9月10日~14日)
9月10日(火)
夏休みも終わり9月に入ったためか、羽田空港の国際線ターミナルもお盆前の上海出張のときに比べると静かな印象です。今回も上海のときと同様、4泊5日の旅。今年3回目の海外出張とあって、「チーム湊」の息もあってきたのか集合からとてもスムーズ。テキパキと搭乗手続きを済ませて出発口へと向かいます。
台湾へは羽田から飛行機で3時間半。この日は飛行機も空いていて、ゆったりと寛ぎながら台北にある松山空港を目指します。到着したのは台湾時間で午後1時半ころ。これまたスムーズに入国手続きを済ませて外に出ると、ゴールデン・トライポット・アワードの唐さんが出迎えてくれました。唐さんは日本に一年間、語学留学していた方で、今回は帰国までつきっきりでアテンドしてくださるとのこと。唐さんの案内でまずはホテルにチェックイン。到着した松山空港は台北の中心部に位置していて、車でわずか15分ほどで今回止まるホテルに着いてしまうアクセスの良さでした。
宿泊するホテルは台北ドームのすぐ近く。荷物を置いて向かったのは、台北ドームに隣接する「松山文創園区」。こちらはタバコ工場の跡地をリフォームし、なかに図書館や雑貨店、飲食店、ギャラリーなどが軒を連ねるスポットです。レトロな建物のなかを歩き回り、かつての銭湯を利用して展示を行っている図書館や珍しいウーロン茶を販売するお茶屋さんなどを巡ります。
つづいて向かったのはタバコ工場の隣に立つ「誠品書店」さん。こちらはショッピングモールの4Fのワンフロアを目一杯使って書籍、雑誌、雑貨、CD、DVDなどを販売している大型書店です。「日本文学」のコーナーもあり、多くの日本人作家の作品が陳列されていました。湊さんの作品もありましたが、現地出版社の方いわく「湊さんが訪台されるというニュースが流れたので、本が売れてしまって今、湊さんの作品を急いで補充しています」とのこと。一日目から嬉しい話をうかがうことができました。
視察を終えた一行は、ゴールデン・トライポット・アワードのリハーサルのため、会場へ。巨大なコンベンションセンターのなかにある会場に到着すると大勢のスタッフが準備のために慌ただしく行き交っていました。スタッフに案内されて控え室に。湊さんが担当するのは文芸部門のプレゼンター。ともにプレゼンターを務めるのは台湾でもっとも著名な詩人であり政治評論家でもある向陽さん。スタッフの方いわく「私が学生時代の教科書にもよく先生の作品が載っていました。台湾では知らない人がいないくらい有名な方です」とのこと。リハーサルの会場で、その向陽さんともご挨拶。「私は向陽です。よろしくお願いします」と日本語で挨拶してくださる、とてもきさくな方で、湊さんも笑顔でお話されていました。
無事にリハーサルを終えて夕食へ。初日から盛りだくさんの日程を予定どおり終えてホテルへと戻りました。
9月11日(水)
この日の午後が「ゴールデン・トライポット・アワード」の表彰式です。その前に会場にて交流昼食会が催されました。湊さんと同じく海外からの招待プレゼンターとしてロスアンゼルス・ブックフェスティバルの主催者でキュレーターでもあるロスアンゼルス・タイムスのアンさん、マレーシアのブックフェスティバルを主催する詩人でもあるポリンさんのお二方とここで初めてご挨拶。円卓を囲んで楽しく会話していると、台湾の出版関係の方が次々に湊さんに挨拶に来てくださいました。なかには、湊さんの作品を東ヨーロッパに紹介してくれているエミリーさんというエージェントの方もいて、日本→台湾→東ヨーロッパと湊さんの作品が世界に広がっていることが実感できました。
楽しい昼食会が終わり、いよいよ開幕です。冒頭から台湾の政府文化部の部長が挨拶していたのですが、これが興味深い内容でした。台湾では国をあげて読書文化の普及に取り組んでおり、政府が「文化コイン」と呼ばれるコインを国民に配っているのですが、その年齢を13歳以上に引き下げる政策を打つなど、国として本の文化にかける予算を大幅に増やす話をしていました。さらには、政府が文化への予算をかけることで、台湾の本を海外へ売り出したり、漫画家の育成などにも力を注ぐことができるし、音楽、映画など様々な文化がもっと飛躍する、ということも話されていました。余暇である文化に積極的に予算をかけることができることこそ、その国の豊かさを示していると感心したスピーチでした。湊さんは部長の挨拶時は登壇のための打ち合わせ中だったので、スタッフから部長の話をお伝えすると、大いに賛同されていました。
さて、ついに湊さん登壇の時間です。向陽先生と二人で登壇したのち、先生から「ミステリで成功する秘訣はなんですか?」と訊ねられた湊さんは「人間の内面を妥協せずに掘り下げていくことです」とお答えになるなど、お二人の息はぴったり。その後、授賞式に入り、湊さんは図書、特に文芸部門で受賞した作品のプレゼンターとして受賞者へトロフィーを手渡し、賛辞を贈る大役を果たされていました。最後に全員で記念撮影をして、無事に授賞式は終了。
一度、ホテルに戻った一行が次に向かったのは夕食会場です。この日の夜は、『告白』の台湾語版を出版されている時報出版社さんとの会食です。社長も同席されて、とても和やかな会食になりました。台湾の出版業界の現状の話から美味しい「胡椒餅」の話まで、話題は尽きず、あっという間に時間が過ぎていきました。
9月12日(木)
メインイベントを無事に終えることができ、少し余裕が出てきた3日目の朝は、ホテル近くを散策し、湊さん海外ツアーの恒例行事にもなっている現地のスーパーマーケットを見学。ここにくると、現地の方の食文化はもちろん、お店のなかにいるお客さんをとおして、その土地、その土地の暮らしぶりを垣間見ることができます。
お昼は前日に交流昼食会で出会ったアンさんご夫妻、ポリンさん、それからゴールデン・トライポット・アワードのスタッフ2名とご一緒させていただきました。食べきれないほどの中華料理が円卓に並ぶなか、和気藹々と楽しい時間を過ごしたのち、アンさんご夫妻も一緒に観光ツアーにつれていってもらいます。行き先は「北投温泉」という台湾の温泉観光地。日本の名物ともいえる温泉ですが、ここの温泉地はもともと日本が統治していた時代に開発されたものらしく、日本の温泉旅館に似た建物もあり、歴史を感じさせる興味深い土地でした。温泉の源泉がわき出る「地熱谷」も見学しましたが、水面は見事な緑色。光の反射が影響しているそうですが、珍しい景色を堪能させてもらいました。
その後、近くにある温泉博物館を見学後、隣接する台北市立図書館北投分館に行ったのですが、日本の本の棚を見ると湊さん作品がずらり。しかも、多くの人に読まれているため、かなり使い込まれた様子。台湾でも湊さんの作品が愛されていることを肌で感じることができました。
台北市内に戻り、引きつづきアンさんご夫妻と夕食もご一緒させてもらいこの日は終了。よいリフレッシュになった一日でした。
9月13日(金)
上海のときと同じく、毎日快晴が続いている台湾。出張も残り2日です。この日は、一昨日、夕食をご一緒した時報出版社の本社を訪ねます。本社ビル1Fは書店兼カフェになっていて、ここで一昨日、社長がオススメしていた「胡椒餅」を朝早くからスタッフの方が買ってきてくれてご馳走になりました! ほんのりぴり辛く、肉汁溢れるアンが最高に美味しく、あっという間に平らげてしまいます。社長の案内で社内を見学させていただきましたが、オーディオブックを収録する部屋や子供がいる社員のための保育室など、我が社にも欲しい! と参考になる施設があり、とても勉強になりました。
時報出版社さんを辞して向かったのは、龍山寺。ここは台北随一のパワースポットということで、湊さんご一行は全員真剣な面持ちで拝観。周辺も散策して、午後の「最後の仕事」に備えます。
夕方からは台湾テレビのインタビューとゴールデン・トライポット・アワード主催の国際交流講座です。まずは、インタビューということで、ゴールデン・トライポット・アワードの授賞式に参加した感想から、台湾で絶大な人気を誇る湊さんから読者へのメッセージ、そしてインターネット隆盛時代に物語を書く若い作家へのアドバイスなど、通訳を介してのやりとりでしたが、インタビューアーとの息もぴったり。とてもスムーズに収録を終えました。
《インタビューの模様はこちらからもご覧いただけます》
https://youtu.be/twZ_zCBTtcY?si=XYNwO3Ey8bmELdVt
国際交流講座開始まですこし時間が空いたので会場となる崋山文創園区を見学します。ここは日本統治時代、酒蔵だったところをリフォームした施設で、なかには書店や飲食店などがあり、若い人たちがたくさん集っていたのが印象的でした。
いよいよ最後のイベント、国際交流講座です。会場は満員。ヘッドセットを通して湊さんの言葉が同時通訳されるとあって、みな一言も聞き逃すまいと真剣そのものでした。
司会は台湾テレビのアナウンサー・ウさん。まずは創作について。湊さんがキャラクター設定する際の考え方や、人間の暗い一面をどう設定しているかなど、創作についての質問からはじまります。また、いつ書いて、いつプライベートの時間をもっているかなどの執筆スタイルについてや、執筆中にガムを嚙む習慣についてなど、多彩な質問に湊さんは丁寧に答えていきます。
最後に今後、湊さんが挑戦したいと思っている題材についてや、作家になりたい若者へのアドバイスを聞かれたのち、参加者からの質問に答えて無事に1時間の講演が終了しました。ラストは恒例のサイン会。ここでも参加者ほぼ全員がサインの列に並んでくれて、とても賑やかかつアットホームなサイン会になりました。
打ち上げ、ではないですが、最後の夜は台湾の名物・夜市に繰り出して、ここでも「胡椒餅」を食べたり、臭豆腐を食べたり、ラストナイトを満喫してホテルへ。翌朝は絶品のモツ入り朝粥を食べ帰国の途につきました。
インドネシア、上海と続いた「湊かなえアジアツアー2024」もこれにて無事終了。どこの国でも歓待していただき、また大きなトラブルもなく、多くの本好きと交流できました。台湾の4泊5日の旅でお世話になった台湾テレビのケーシーさんはじめスタッフの皆さん、5日間アテンドしてくださった唐さんに感謝申し上げます。