「このミステリーがすごい」第6位、「ミステリが読みたい」第2位、「週刊文春ミステリーベスト10」第3位など、いま、もっとも注目されるミステリー作家・斜線堂有紀による短編集。すべての作品の共通点は「人に伝える」ということ。だけどここにスマホはない。伝える手段は、手紙なのかチェス盤なのかカメラなのか。伝える内容は、愛か動機か犯人か。斬新な設定に驚きのラストが光る、感情が強く揺さぶられる5作品。

「小説推理」2024年11月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』の読みどころをご紹介します。

 

ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に

 

ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に

 

■『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』斜線堂有紀  /細谷正充 [評]

 

斜線堂有紀の世界は変幻自在。舞台も設定も思いのまま。本書に収録された五つのミステリーが、それを証明している。とてつもない才能が煌めいている。

 

 斜線堂有紀が優れた才能の持ち主であることは、いままでの作品で分かっている。物語世界がバラエティに富んでいることも分かっている。それでも5作の短篇ミステリーを収録した本書を読んで仰天した。これは凄い。

 冒頭の「ある女王の死」は、長くヤミ金業界の女王と呼ばれていた榛遵葉が殺されたところから始まる。すぐに時代が遡り、ヤミ金業者の真壁によって両親が自殺に追い込まれた15歳の遵葉が、いかにして成り上がっていったかが綴られていく。真壁から遵葉へと受け継がれたチェスの使い方が効果的であり、読みごたえのある女性の一代記になっている。と思ったら、遵葉を殺した犯人が明らかになった後、チェスに別の使い方があったことが判明。ミステリーとしての出来も抜群だ。

 そして次の「妹の夫」で、ぶっ飛んだ。ワープ航法が実現した未来。主人公の荒城努は、宇宙の彼方を目指す第一陣に志願した。地球にいる愛妻の琴音の部屋を映像で見ることができるが、時間のズレ(いわゆる浦島効果である)によって、どんどん間隔が空いていくことになる。ところが最初のワープ直前に、琴音が殺される場面を見てしまった。ワープが終わり、地上ステーションと連絡ができるのは、地球時間で7年後。しかも時間は20分。事故により翻訳機能が壊れたため、努はフランス人の通信相手に、なんとか犯人の正体を伝えようとするのだが……。

 浦島効果を扱った時間SFは、昔から書かれている。そこにミステリーを組み合わせたのがミソであろう。だが物語には、さらなる+αがある。なんとコミュニケーションの問題がストーリーの中心になるのだ。言葉の通じない相手に、映像だけでどうやって犯人の正体を分かってもらうのか。感心したのは、これならどうかと読者が考える方法を、丁寧に潰していること。だから努の奮闘から目が離せない。そして物語は、胸を打つヒューマンドラマとなって幕を下ろす。まさに変幻自在のミステリーだ。

 その他、企みに満ちた手紙ミステリー「雌雄七色」、SF×ギャング小説×ミステリーの「ワイズガイによろしく」、科学者のカール・セーガン(!)が仕切る、無人宇宙探査機ボイジャーに載せる写真の選定をする委員会が、漫画好きの日本人によって謎解きの場と化す「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」と、どれも面白い。本書を読んで作者の才能と、ミステリーの可能性は無限だと、あらためて確信したのである。