元は男勝りのお転婆だったが、6年前にかどわかしに遭ってから、見知らぬ男と血を恐れ家から出られなくなった大店の娘・お亀久。ひょんなことから「産婆の神様」と呼ばれる老婆のところで見習いを始めることになるが……。はたして、失神してばかりの弟子の芽はでるのか? 生きる時代は違うのに思わず共感する、自分らしくありたいと願う女性を応援する一冊。

「小説推理」2024年11月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『産婆のタネ』の読みどころをご紹介します。

 

産婆のタネ

 

 

■『産婆のタネ』中島 要  /大矢博子 [評]

 

世間知らずのお嬢様が見習い産婆に? 家族とは何か、仕事とは何かを知って変わっていく主人公の、〈恩送り〉の物語に刮目せよ!

 

 2012年から6年かけて完結した「着物始末暦」シリーズで、市井の人々を生き生きと、けれどその心の底にあるさまざまな悲しみを拾い上げる見事な筆致を読者に印象付けた中島要。本書もまた、誰もが心に抱く幾通りもの葛藤を鮮やかに汲み取った逸品だ。

 主人公は札差・坂田屋の娘、お亀久。幼い頃にかどわかしに遭い、助けようとした棒手振りの加吉が目の前で殺されてから男と血が怖くなり、ずっと屋敷に引きこもった生活をしている。年頃になっても男と添うなど思いもよらなかったが、気心の知れた幼馴染である材木問屋の息子・紀一郎が婿に来てくれることとなった。

 ところがその紀一郎が山崩れに巻き込まれ、消息不明となる。自分が不幸を呼び寄せたと思い詰め、身投げをしようとしたお亀久に命の大切さを実感させるべく、母親は彼女を産婆のおタネのもとに連れていった。血が苦手なお亀久はお産の場で卒倒してしまうが、おかしな成り行きでお亀久は産婆見習いをすることに──。

 出産やそれにまつわる人間模様のひとつひとつが細やかで読ませるのだが、やはり目を引くのは世間知らずのお亀久が少しずつ変わっていく様子だ。加吉や紀一郎の悲劇の中に閉じこもるだけだったお亀久が、徐々に自分の外に目を向けていく過程が実に上手い。

 そのきっかけが、さまざまな理不尽との出会いである。男を産まなければ認めてもらえない妻、自分の考える幸せを子に押し付ける親、産褥期の妻を放って浮気をする男。何より、死産だったときに産婆が恨まれるという最大の理不尽。お亀久はそういった世間の理不尽を目の当たりにして初めて、人にはそれぞれ事情と心情があるということを体感として知るのだ。自分主体に物事を考えがちなお亀久が変わっていくさまをじっくり味わっていただきたい。

 なぜ産婆か。これは恩送りの物語だからだ。加吉にも紀一郎にも、直接恩を返すことはできない。けれどその恩を他の人に返すことでこの世は回っていくのだと、この物語は伝えている。新たな命を迎え入れる産婆という仕事はこのテーマに最もふさわしいし、産婆たちの代替わりの話もそのテーマに添っているのだ。

 終盤には思いがけない展開が待っている。その突発事態に対してお亀久は、序盤の彼女からは想像もつかない気っ風の良さを発揮する。これは産婆という職業小説にして、切なくも爽快な成長小説なのである。