訪れる様々なお客さんの悩みやモヤモヤを、店主の優しいメニューが癒す「喫茶ドードー」シリーズ。待望の第3弾『いつだって喫茶ドードーでひとやすみ。』が刊行された。それぞれに葛藤を抱える四人の女性や、店主「そろり」の心情が描かれる本作。執筆の背景や物語に込めた思いを著者の標野凪さんにうかがった。

取材・文=立花もも 撮影=川口宗道

 

 

みんな、他人に対して後ろめたい感情を抱いてしまう自分を、責めてもいるんですよね。

 

──新刊『いつだって喫茶ドードーでひとやすみ。』で、主人公のひとり・美玲が、フリーランスの販売員・咲恵に嫉妬する場面があります。自分じゃない他人が褒められていると、なぜかないがしろにされている気持ちがして、悔しい。そういうネガティブな感情を抱いてもいいんだ、と本シリーズを読んでほっとする読者も多いのではないでしょうか。

 

標野凪(以下=標野):実は、既刊を読んだ友人から、同じことを言われたんです。まじめに、真摯に、ネガティブな感情を抱かないように努力しながら生きている人が多いのだ、ということにそのとき気がつきました。みんな、他人に対して後ろめたい感情を抱いてしまう自分を、責めてもいるんですよね。そんなの当たり前で、あなたの立場だったらきっと、誰でも同じように思うはずだよ、ということを、3巻目となる本作ではより強く描きたかったのです。

 

──本作は、一話完結型のこれまでと違って、四人の女性を中心とした群像劇ですね。

 

標野:それぞれ悩みは違いますが、彼女たちの抱える葛藤は、性格由来ではない気がするんです。自分より仕事ができて必要とされている咲恵のような人がいれば、美玲でなくとも羨ましくはなるでしょう。だったら咲恵みたいになれるように頑張ればいい、と言う人はいるかもしれないけれど、そういう問題ではないんですよね。だって美玲は、咲恵になりたいわけじゃない。自分のままで、もう少し自信をもてるようになりたいのに、何もできずただ嫉妬ばかりする自分を恥じている。でも、それは決して否定されるようなことではないと思うんです。

 

──ちなみに、標野さんはネガティブな感情を抱いたとき、どうしているんですか?

 

標野:まず、どんなものであれ、感情を明確にしてしまいます。結局、私は自分のことがいちばん大事なんだなとか、ただ嫉妬しているだけなんだなとか。モヤモヤしている感情の正体を突き詰めるのは、ときに、とてもしんどいことかもしれないけれど、理由もわからずモヤモヤしたままやり過ごすのもまた、しんどい。だったら、どんなにネガティブな感情でも、認めて、納得してしまったほうがいい。内心で思うだけなら、誰に迷惑かけるわけでもないし、いやな面も含めて自分を明らかにしてしまったほうが、かえって「でも私にはこれがある」といういい面にも目がいきやすくなる気がします。

 

──誰もが抱くネガティブな感情と葛藤を肯定したうえで、自分は自分のままでいいのだと思うきっかけを与えてくれるのが、おひとりさま専用の喫茶ドードー。店主のそろりが提供する「やりきれない気持ちに蓋をするカスタードプリン」など、メニュー名も素敵です。

 

標野:私もカフェを営んでいるのですが、とくに私が何か声をかけなくとも、お客さんはみなさん、静かな時間で自分自身と向き合い、解決の糸口を見つけていかれるんですよね。何を求めてやってきたわけでもなく、ただネットで見かけて寄ってみた、というだけの方も、帰り際に「実はこういうことがあってね」とお声がけくださることがあります。

 仮に、誰かと連れ立って来ていたとしても、その空間でおしゃべりするうちに、本音を自然と引き出されていたりして……。大なり小なり悩みを抱えていない人はいませんし、きっかけさえあれば、自分で立ち直れる強さが、どんな人にも備わっているんじゃないでしょうか。だから本作でも、そろりにできることは手を差し伸べることだけ。立ち直るのは登場人物自身である、という軸は大切にしています。

 

──美玲にとっての咲恵のように、喫茶ドードー以外の場所で出会う人たちを通しても変わっていく姿が描かれているのもいいですよね。個人的には、なんでも白黒つけたがるバリキャリの実那子が、後輩の「なんでそういうことするの⁉」な行動によって、ジャッジを変えていく姿が好きでした。

 

標野:絶対に遅刻をしない人と、だいたい遅刻する人と、2種類いるよなあと思ったことから実那子は生まれました。もちろん、彼女は前者。きっとほかのルールもきちんと守る、まじめな人なんだろうなと思うし、それは良いことに決まっているんだけれど、じゃあ「正しい」のかといえばどうなんだろう? と。もしかしたら遅刻をしたり寄り道をしたりしたことで、思いがけずおもしろい光景を目にすることもあるかもしれない。後輩のように、ふつうはこうする、という思い込みの外で行動するからこそ、うまくいくこともあるかもしれない。正しさというのは一つではないんだということを描きたいなと思いました。

 

(後編)へつづく

 

【あらすじ】
どんなにがんばっていても、やりきれない気持ちになるときもある。他人と自分を比べて嫉妬してしまうアパレル会社勤務の女性、白黒つけてしまいがちな保険会社勤務の女性……おひとりさま専用カフェ「喫茶ドードー」には、さまざまなお客さんが訪れる。彼女たちは、店主の作る「あなたの悩みに効くメニュー」と言葉にそっと背中を押され、自分の力で悩みに答えを見つけていく——。喫茶ドードーが今日もがんばっている人の居場所になりますように。心がほぐれる連作短編集、シリーズ第三弾!