2014年、『女王はかえらない』で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した降田天さんが新たに世に送り出した作品は、女子生徒だけの演劇学校を舞台としたミステリー小説『少女マクベス』。

 定期公演の最中、自身が脚本を手がける「マクベス」の上演中に奈落に落ちて亡くなった天才少女・設楽了の死の真相を巡り、生徒たちの思惑と疑念が交錯する。了の死は本当に事故死だったのか、それぞれが抱える秘密と闇に迫る本作は、人間の内に潜む「心の奈落」を浮き彫りにする。

 降田天さんは、執筆担当の鮎川颯さん、プロット担当の萩野瑛さんによる2人1組の作家ユニットである。本作に向き合う中で、お二人が抱えた葛藤、明らかになった自身の「奈落」についてうかがった。

取材・文=碧月はる 撮影=川口宗道

 

「あなたには絶対無理」 20年越しに表出した自身のトラウマ。着想10年、構想5年、苦しみながらも形にした作品の背景とは

 

──『少女マクベス』は、百花演劇学校という特殊な環境が舞台となっています。本作執筆のきっかけ、経緯を教えてください。

 

萩野瑛(以下=萩野):本作をご依頼いただいたのは、『女王はかえらない』刊行をきっかけに、降田天名義で再デビューした直後のことでした。「女子高生を主役にした話」「魅力的な設定の学校で」とのお話だったので、我々が好きな演劇に寄せて、演劇学校を舞台にすることを決めました。

 

──では、着想自体は10年ほど前の作品なのですね。

 

萩野:そうですね。本作は何度も改稿して、当初の構想とは形がかなり変わりました。今の形に落ち着いたのが、5年ほど前になります。そのあとも、私たちの間でキャラクターの解釈にズレがあったため、改稿を繰り返してお互いの齟齬を調整しました。

 

鮎川颯(以下=鮎川):調整させられました(笑)。毎回、プロットが決まった段階で「キャラクター会議」をやるのですが、そこで誕生日や家族構成、口癖、好きな食べ物など、細かい設定をすべて決めます。でも、書き進める中で見えていなかった部分が見えてきて。萩野の話を聞いて「たしかに」と思ったので、一時は険悪になりながらも、最終的には納得して書き直しました。

 

──萩野さんと鮎川さんは同居しているとのことですが、仕事でぎくしゃくしてしまった際、どのように関係を修復されているのでしょうか。

 

萩野瑛氏

 

萩野:時間が解決してくれるのを待ちます。ご飯食べながらネットフリックスを見て、感想を言ったりして(笑)。

 

鮎川:そうですね。仕事で言い合ったあとは普通に険悪です(笑)。一緒に住んでいるので、仕事とプライベートを全然切り分けられない。でも、言われた時はカッとなって言い返すんですけど、時間が経つと「やっぱり言われた通りかも……」と思いはじめることが多いですね。私は近視眼なのですが、萩野は広く大きく物事が見える人なので。

 

萩野:私はどうしても全体像を見てしまうので、「その方向性だと後々影響が出るよ」みたいな部分が気になりがちで。でも、その場の登場人物の感情としては、鮎川の言い分のほうが正しいことが実は多いんです。だから、お互いの主張の正当性によって、修正する方向は変わります。

 

──本作の後半に、「きっと誰もが、薄い皮膚の下に奈落を隠している」との一文があります。本作の制作にあたり、ご自身の中にある奈落に向き合う場面はありましたか。

 

鮎川颯氏

 

鮎川:私はネガティブな性格なので、執筆中に限らず、しょっちゅう奈落を覗き込んでしまいます。自意識過剰だとは思うのですが、自分の欠点や能力の限界を見つけては落ち込んだり。素敵なことや立派なことを語っていても、途中から「いや、お前はどうなんだ」と思いはじめて、恥ずかしくなってきちゃうんです。

 若い頃は、そういう自分の奈落を表に出さないようにしていました。でも、だんだん年を重ねるうち、もうこのままでいいか、自分のままでしかいられないしな、と思えるようになってきて。そこからは少し楽になりましたね。自分の奈落はもう全部知り尽くしていると思っていたけど、「本当はもっとあるんじゃないか」と、本作を書きながら感じました。

 

萩野:私は最近、思っていた以上に「これがトラウマだったんだな」という出来事に気づいて。私は子どもの頃から、「絵がうまい人」になりたかったんですよ。でも、小学校の時、学年で1番になるという目標を達成できなくて。中学でもやっぱり1番は無理で、それでも上手な子たちとは違う努力をして、どうにか自分の個性を出そうとがんばっていました。高校に入学するまでは、ワンチャン美大に行けないかなと思っていたんです。けれど、高校の美術の先生に「あなたには絶対無理」とはっきり引導を渡されました。

 結果、普通の大学に進学しました。大学でも美術史の授業はあったのですが、私はそういう科目を一切選択していなくて。その理由を深く考えることは今までなかったんです。でも、最近になって、もう一度アートを勉強し直してみようと思うきっかけがありました。

 昔から美術展に行くのが好きなのですが、美術展に行っても内容を全然記憶していないことに気づいてしまって(笑)。なぜ私はお金を払ってまで記憶できないものを見に行っているんだろう。そう思ったら、すごくざわざわして。結局、自分が空っぽであることを確認しに行っているんだろう、みたいな結論にたどり着きました。でも、とある展示を見た時にすごく刺さるものがあり、それでもう一度、アートを勉強してみようと思って今やり直している最中です。

 大学に進学したタイミングで、美術に関するものを勉強する項目から一切外してしまったのは、「あなたには無理だよ」と言われた時、かなりショックだったんだと20年越しに気づきました。このトラウマは、けっこう根深かったなぁ、と。絵の能力に限らず、才能のある人に対して無条件でリスペクトを持ってしまう、みたいな回路が私にはあって、それが本作に登場する少女たちの考え方の元ネタになっています。

 

──本書に登場する数名の少女が、了の才能に当てられて自分を見失ったり、好きな物事に向き合えなくなったりするエピソードと重なりますね。

 

萩野:そうですね。やっぱり才能に弱いんですよね。でも、それって怖いことで、才能と人格・モラルは全然関係ない部分なので。才能があるから何をやっても許されるわけではないんですよね。ここを見誤ると、奈落につながると感じます。

 

(後編につづく)