空前のホラーブームといえる昨今、『このホラーがすごい! 2024年版』でもTOP20に唯一2作品ランクインされるなど、今最も注目されるホラー作家の一人である芦花公園。
最新作となる『眼下は昏い京王線です』はタイトルにある通り、京王線の沿線を舞台に「幽霊」を探す一組の男女を描く連作短編集、ホラー小説界最注目の才能が放つ新感覚のエモーショナル・ホラー!
「小説推理」2024年10月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『眼下は昏い京王線です』の読みどころをご紹介します。
『眼下は昏い京王線です』芦花公園 /門賀美央子 [評]
普段着の街に潜む「本当にあるかもしれない怪異」の真実を確かめようとする二人。恐怖に自ら近づいていった代償は? 芦花公園ホラーの到達点を見よ!
近年のホラー小説シーンは新たな書き手の台頭が顕著だが、芦花公園氏はその口火を切った一人であり、今や第一人者になろうとしている。
本作は、タイトル通り東京は京王線沿線の街を舞台にした怪談ホラーの連作短編集で、各話のタイトルにも京王線の駅名を使う(なお、著者の名前も京王線の駅名である)。
老婆心ながら東京の電車事情には不案内な向きに説明すると、京王線は京王電鉄が運営する私鉄路線で、新宿と西の郊外都市・八王子を結んでいる。沿線の多摩地域は戦後にベッドタウンとして人口が急増したエリアであり、平均的な“東京ライフ”が営まれている街々が並ぶ。これまでは、ホラーの舞台としてはあまり選ばれてこなかったタイプの土地柄だ。しかし、この数年の傾向として、平凡な日常に紛れ込む魔を描く作品に人気が集まっており、本作もその流れにある一作と見てよいだろう。
物語は、語り手である大学2年生の遠藤琴葉が、シマくんなる若い男性が“本当に起こる”とされている怪異の真偽を確かめるための手伝いをする、という枠組みで統一されているが、まずこのシマくんがなんとも奇妙な人物なのだ。身の危険を救ってもらって以来、すっかりシマくんにベタ惚れの琴葉は「かっこよくて優しくて」というが、交わされる会話をみても、話中度々出てくる容姿の描写をみても、その評価が適切とはどうも思えない。シマくんは、琴葉の霊感体質を利用し、彼女を何度も危険な目に遭わせる。いつ止めてもいいよと言いつつ、琴葉の女心につけ込んでいるのは明らかだ。だが、ただの悪い男ではない。それ以前、人間らしさそのものが感じられないのだ。
琴葉のシマくんへの執着も、単なる恋の暴走と片付けられない座りの悪さがある。肝心の怪異も同様で、どれも一見よくある都市伝説や不条理小説のパターンを踏襲しているようで、どこか違う。とにかく常に“なにかがおかしい”。こうした小さな違和感を重ねるうちに、物語はどんどんおぞましい歪みを増し、シマくんと琴葉も狂気に近づいていく。そしてそれが極まった瞬間、驚愕の反転が起こる。
著者は、一作の中で人外由来の怪異と人の狂気をほぼ等価で描くホラーを得意としているように思うが、本作はその手法の完成形ではないだろうか。怪異は外から来るのか、内から生まれるのか。読了後、炸裂した恐怖の余韻に浸りながらも、ついそんなことを考えさせられた。