2000年に発売され「沖縄オバァ」ブームを巻き起こした『沖縄オバァ烈伝』。2003年に文庫化するとさらに多くの人々を魅了し、シリーズ累計20万部の大ヒットを記録した。そして今年2月、初版から四半世紀近くのときを経て“復刊”を果たすと、発売直後から沖縄の書店で売上ランキング1位に輝くなど、異例の“再ヒット”を記録している。そんな『沖縄オバァ烈伝』の華麗なる復活の一部始終を、1998年生まれ、入社3年目の営業部沖縄担当がレポートする。

 

沖縄オバァ烈伝

 

【内容紹介】
沖縄戦を生き抜き、老いてなお現役で働く沖縄のおばあちゃんたち。彼女たちのパワフルな日常生活とその素晴らしき人生哲学を生き生きと描いたルポエッセイ。刊行以来、沖縄でロングセラーとなり、日本中に「沖縄オバァ」の存在を知らしめた話題作。

 

沖縄人は地元に興味津々!?

 出版社と書店をつなぐ書店営業として働く私が沖縄を担当することになったのは、昨年春だった。沖縄担当といえば部内でだれもが狙うポジション。当時入社2年目の私は嫉妬と羨望のまなざしを一身に浴びつつも引き継ぎを楚々と進め、何食わぬ顔をして沖縄に飛んだ。ところが、現地にてその特殊な出版文化を目の当たりにする。

 書店を訪ねると、まず郷土本の多さに驚く。本土の出版社、地元の出版社が刊行している沖縄関連本がずらりと並び、書店の中で圧倒的な存在感を放っているのだ。沖縄以外にも日本各地を担当しているが、ここまで郷土本が充実している売場は見たことがなかった。沖縄県民の地元への関心の高さを思い知った。
 
 そしてそれらの本がしっかりと読者に根付いていることも実感した。書店では、お客さんから郷土本についての問い合わせを多く受けるという。それは最近出された本に限らず、何十年も前の本にまで及ぶのだとか。ずっと昔に読んだ本が読者の心のうちにあり続け、時を経てまた読みたくなる。こういった声が多く寄せられるのも沖縄ならではのように感じる。

『沖縄オバァ烈伝』も読者の心に残り続ける本の一つだ。これまで本土の出版社が刊行した沖縄本といえば、観光やグルメ、あるいは、南の島のスローライフに魅せられた人々の人生哲学がほとんどだった(らしい)。そんななか、沖縄のオバァたちのたくましさや摩訶不思議さを面白おかしく紹介した本書は大いに受けた。自分たちの中にある文化遺産の価値に気づいたことが愛着を生んだのかもしれない。

 思わぬヒットに気をよくした我が社は、すぐさま第2弾『続・沖縄オバァ烈伝 オバァの喝!』を発売。さらには、第3弾『沖縄オバァ烈伝番外編 オジィの逆襲』、第4弾『沖縄オバァ烈伝 オバァのあっぱれ人生指南』と立て続けに刊行し、どれもよく売れた。

 しかし、どんなに売れている本もいつかはブームが去るもので、シリーズ累計20万部の大ヒット作も例外ではなかった。2009年の重版を最後に勢いは止まり、やがて店頭から姿を消した。

 

『沖縄オバァ烈伝』復活ののろし

 沖縄担当を引き継いで半年ほどたったある日、営業担当役員から直々に呼び出しがかかった。

 何かミスをしてしまっただろうかと、頭をフル回転させながら役員室に入り、デスクに鎮座する役員と対峙する。取引先にメールを誤送信してしまった件だろうか、いやそれは既に叱られたはずだ、それとも飲み会で役員のものまねをした件だろうか、いやそれはバレてないはずだ、などと考えつつ出方を窺っていると、おもむろに告げられた。

「『沖縄オバァ烈伝』を復活させるぞ」

 そこで初めて役員の手に1冊の文庫が握られていることに気づいた。カバー表1にでかでかと書かれた『沖縄オバァ烈伝』の文字。その背景にちりばめられたおばあさんたちのポップなイラスト。2022年に入社した私は2000年代初頭のブームなど知る由もない。初めて目にするその本はなんとも主張が激しく、ただ戸惑うばかりだった。なにかとんでもないことを押しつけられようとしているのではないか……。漠然とした恐れが胸をよぎった。復活プロジェクトの幕が上がった瞬間だった。

 聞けば、役員のもとに沖縄の書店から「『沖縄オバァ烈伝』を復活させてほしい」という声がいくつも届いていたらしい。どういう気まぐれか、はたまた満を持しての英断か、とにかく決定事項である。無茶ぶりのようにスタートしたプロジェクトではあったが、実際に読んでみるとこれがとんでもなく面白い。印象的なシーンをいくつか紹介しよう。

 

 あるソバ屋でのできごと。オバァが運んできたソバのなかに髪の毛が入っていた。それを見つけたお客が「オバァ、このソバ、髪の毛が入っているよ」と言ったわけですな。するとそのオバァ、少しも動じることなくこう返したのだそうだ。「大丈夫、シャンプーしてきた」。
『沖縄オバァ烈伝』P17

 

 なんとたくましいことか! そしてさらにこう続く。

 

…今度は何とハエが入っていたのである。
「オバァ、ハエが入ってるよ、まったく」と、お客。
「どれ」とオバァは丼をのぞき込み、あきれた顔で言った。
「たった一匹さぁ」
「…。何言ってるか。一匹とか二匹の問題じゃないでしょ」
「はっさ(まったく、うるさい人だねぇ)、だぁ、箸よこしなさい」と、オバァは丼のハエをつまみあげ、「ホレ、大丈夫。死んでるさぁ」と言ったとのこと。
『沖縄オバァ烈伝』P18

 

 こんなオバァ、遭遇するのは嫌だが、読んでいるぶんには愛さずにはいられない。感染症が日常に溶け込みどこか閉塞感が漂う今の社会に、この突き抜けたオバァの生き様は刺さるのではないか。そう強く感じた。

 そして、役員からの「来月空けておけ」の一声で次の沖縄出張が決まった。

 

いざ復活のとき

 それからは慌ただしかった。
 なにしろ四半世紀近く前に刊行された本のため、印刷所にデータが残っていなかった。いや、厳密にはあるのだが、フィルムで撮影&保存されていたため、現在の仕様に合わない。仕方なく全ページをスキャンして対応してもらった。でもこれにより、少部数から対応できるオンデマンド印刷が可能になった。さらには、電子書籍として発売することも決定した。

 プロジェクトは社内一丸となって進められた。しかし、復活させても書店に並ばなければ意味がない。
 役員と一緒に沖縄の書店を巡り、『沖縄オバァ烈伝』の復活を喧伝した。さらに現地の書店関係者を集めて「オバァ復活プロジェクトチーム」を結成し、売り出し方について相談を重ねた。帯やPOPのデザイン、発売日や宣伝方法など、読者に一番近い現場の意見を取り入れた。発売当日には地元紙に広告を打つことも決まった。

 沖縄では多くの人が当時のブームを覚えていて、この本の偉大さ、その根底にある「オバァ」の偉大さ感じるとともに、「また絶対に売れる」という確かな手ごたえを得たのであった。

 とはいえ実際に店頭に並ぶまでは気が気ではない。不安と期待のなか発売の日を迎え、それから数日後、結果はすぐに表れた。ジュンク堂書店那覇店から、文庫週間ランキングで1位を獲得したとの知らせが飛び込み、その他の書店からもたくさんの追加注文が寄せられたのだ。

 

平積みになった「オバァ」の山また山

 

「当時が懐かしい」
「初めて読んだが、かつてのオバァの姿が新鮮だった」
「本には描かれていない新種のオバァを発見した」

 読者からも様々な声が寄せられた。四半世紀近く前に発売された『沖縄オバァ烈伝』は、その面白さとエネルギーにより、令和の時代にも受け入れられたのだった。

 その後「オバァ」の復活は地元紙の沖縄タイムスでも一面で取り上げられ、大きな反響を呼んだ。重版の4000部はあっという間になくなり、すぐに次の重版が決まった。

 

都知事選の翌日に小池百合子氏を差し置いて一面を飾る私

 

オバァの本土上陸も近い!?

 沖縄の書店の強い後押しもあり、華麗なる復活を遂げた『沖縄オバァ烈伝』。その翌月には続編『続・沖縄オバァ烈伝 オバァの喝!』も復活し、今もなお「オバァ」が沖縄で猛威を振るっている。

 しかしこれは沖縄の人だけではなく、日本全国、すべての人に読んでほしい作品である。実際に、ブーム当時は、2001年に放送されたNHKの朝ドラ『ちゅらさん』でヒロインの祖母を好演した平良とみさんのブレイクにより、全国でもよく売れたと聞く。

「オバァ」の何かを超越した生き方に触れれば、生きること・老いることが楽しくなってくる。「オバァ」は人生を迷わずに生きていくための指針である。窮屈で閉塞感のある時代を生き抜くカギは「オバァ」にある!

 沖縄にゆかりがある人もない人も是非一度手に取って、パワフルでおちゃめな「オバァ」の姿を目撃してほしい。