人生も折り返しを迎えると、誰にでも一人や二人、忘れられない人がいるかもしれません。思い出は美化されるものとはよく言われますが、夏のはじまりに懐かしい誰かの顔が思い浮かんだ人は、こんなハードボイルド小説はいかが。
大沢在昌の最新刊『晩秋行』は、30年前、バブル崩壊とともに消えた最愛の恋人を今も忘れられない60代の男が、とある目撃情報を頼りにその幻影を追い求める話です。
これだけ聞くと、「情けない男の話か……」と食指が動かない人もいるかもしれませんが、そこを読ませてしまうのが直木賞作家・大沢在昌。気づけば未練がましい主人公を応援している自分に気づくでしょう。
物語は、居酒屋を営む主人公・円堂のもとに、古い友人から一本の電話が入るところから始まります。
(店の仕込みをしている最中にかかってくる電話。円堂は大根の皮を千切りにしてひと塩したものに柚子の皮を和えた付け合わせを準備しているのですが、それが実に美味しそう。食欲をそそる瑞々しい描写も、個人的に推しポイントです。)
30年前、地上げ屋をやっていた円堂のかつての雇い主は、バブルがはじけて全財産を失うと、円堂の恋人であった君香を連れて「20億円の名車」とともに失踪。尊敬する上司と恋人の逃避行は思い出としても消化しきれず、苦い後悔と喪失感を抱えながらも慎ましく生きていたのに、今更になって、その名車の目撃情報があったという。胸の中でくすぶり続けていたやるせなさを原動力に、円堂は真相を追うため、消えたクラシックカーと元恋人を捜し始めるのです。
スリリングな追走劇を読んでいたかと思ったら、男の情けない後ろ姿にはがゆさを覚える。ハードボイルドミステリであり、哀愁小説でもあります。個人的にはユーミンの「リフレインが叫んでる」が頭の中を流れながら読み進める場面もあれば、堀内孝雄の「影法師」(ドラマ「はぐれ刑事純情派」の主題歌)を勝手にBGMにして、男の独白に唸る場面もありました。
ここに、読者から寄せられた声を少しだけご紹介。
お洒落なハードボイルド
◆女の私には少々壁のあるハードボイルドも、大沢氏の手にかかると洗練されていてお洒落で……。登場人物が皆魅力的で、一気読みでした。
「昔の女を忘れられない男」に共感
◆30年ものあいだ、女を忘れられずにいる男。情けなく未練がましいが、共感できる。
電話での女のセリフが胸に刺さる。
◆「昔の女を忘れられない男」というフレーズが目にとまり、即書店に行き購入しました。ジェットコースターに乗ったごとくあっという間に完読してしまいました。
◆年齢を重ねるたびに、過去に自分と関わりを持った「あの人」を懐かしむ人は、口にこそ出さないがいると思う。大いに共感させられた。
大沢在昌ワールドを堪能
◆900回泣いた。大沢節復活!
◆大沢在昌の世界。また堪能させて頂きました。同じバブル時代を過ごした男として感銘を受けました。男の未練たらしさ、女の過去との決別の深さ。その通りでした。
これは大沢先生の実体験では!?
◆居酒屋店主・円堂と君香の心の葛藤が非常にリアルに描かれており、まるで大沢先生の実体験では? と思ってしまうくらい感情移入してしまった。
洗練された文体に感嘆する人、情けなくも愛すべき男の未練がましさと女の潔さに共感する人。この物語は「大沢在昌の実体験では?」と思うくらい男女の心の機微がリアルに描写され、数ページで引き込まれること必至です。
最後に、物語に登場する銀座のママ・委津子の言葉を引用します。
今でも君香に未練があるんじゃないか、明日死ぬとして思い残すことはないのか、と痛いところを突かれ、参っている円堂に対し、
「男って本当に馬鹿だなって思うのが、昔の女の思い出にひたるところ。とっくにあんたのことなんか忘れて楽しくやってるっていうのに、あいつは今でも俺に惚れてるなんて、感傷的になる。そういうのでお酒を飲むのが大好きなのよ」
だそうです!
これまで「やせ我慢の美学」であるハードボイルドを描き続けてきた大沢在昌が辿り着いた、男と女の真実。大人の恋愛を是非のぞいてみてください!