空間がループするペンション、時が止まる洋館、人を操る謎の少女……超常現象を利用した殺人事件の謎にちょっと頼りない女の子が挑む【超常現象×本格推理小説】が誕生。アガサ・クリスティー賞作家渾身の特殊設定ミステリーです。

「小説推理」2024年6月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『忍鳥摩季の紳士的な推理』の読みどころをご紹介します。

 

忍鳥摩季の紳士的な推理

 

忍鳥摩季の紳士的な推理

 

 

■『忍鳥摩季の紳士的な推理』穂波了  /日下三蔵 [評]

 

アガサ・クリスティー賞受賞の新鋭が趣向を凝らして放つ特殊設定ミステリの力作! 超常現象調査士の忍鳥摩季と「先生」のコンビが異常な事件の謎に挑む!

 

 現在、通常の物理法則に反した現象が起こる世界を舞台にした「特殊設定ミステリ」は、本格推理のサブジャンルとして、読者に広く認知されていると思うが、その歴史はそれほど古くない。

 日本では山口雅也が『生ける屍の死』(89年)で「死者が甦る世界でなぜ殺人を犯すのか?」という謎を提示。西澤保彦が時間ループものの『七回死んだ男』(95年)を始めとした作品群でこれに続き、次第に広まっていった。

 かつてはSFやホラーに分類されていた「超常現象」も作中での一貫性があれば本格推理になり得る、ということに作者も読者も、少しずつ気づいていったのである。

 基本フォーマットが固まってきたら、あとはその中にどれだけ斬新なアイデアを盛り込めるかが、評価の焦点となってくる。本書の場合は、どうか。

 探偵役を務めるのは超常現象調査士の資格を持つ忍鳥摩季と謎の紳士「先生」のコンビ。超常現象専門の探偵というと都筑道夫の物部太郎を思い出すが、あちらが幽霊の仕業としか思えない事件が実は人間によるものだったと判明するシリーズであるのに対して、こちらは本当に超常現象が発生する。

 摩季と「先生」は超常現象を利用して犯罪を犯す犯人を捕らえるだけでなく、超常現象自体の仕組みも解明しなくてはならないのだ。

「白銀のループ」では雪に閉ざされたペンションで空間が別の場所と繋がるループ現象が発生し、人体が真っ二つになった死体が発見される。果たして犯人と犯行方法は?

「月夜のストップ」では時間が止まるストップ現象が発生する。だが、時間が止まっているはずの部屋で当主の美女が殺害されてしまった……。

「怪物とコントロール」には絵本の内容の通りに他人を操ることのできる少女が登場する。彼女に操られて殺人を犯してしまったら、犯人は有罪になるのか?

 書下しの最終話「私と彼のタイムリープ」では、これまで謎の人物として描かれてきた「先生」の意外な正体が明かされる。生き別れの父が危篤との報を受けて熊本県の離島に渡った摩季は、病院でタイムリープ現象に巻き込まれる。同じ時間の流れを何度も繰り返す中で殺人を行っているのは、果たして誰か?

 どのエピソードでも、超常現象と謎解きが一体化しており、読み応え抜群の一冊に仕上がっている。