時代小説を紹介する人気サイト〈時代小説SHOW〉が毎年発表している時代小説ランキングベスト10。今年の年初に発表された2023年版の文庫書き下ろし部門で第1位を獲得したのが芝村凉也の「北の御番所 反骨日録」シリーズだ。

 その待望の最新刊『ごくつぶし』が4月に発売された。

 シリーズ第10巻となる今作は、主人公である隠密廻り同心の裄沢広二郎が、将軍の御側に仕える御小納戸役・酒井忠尚の弟・隆次郎が起こした騒動の真相を探るよう内命を受けるシーンから始まる。

 事の発端は、旗本酒井家の厄介叔父である隆次郎が古物商の店主の目の前で突然売り物の書画を破り捨てた一件だ。隆次郎が毀損したのは、いずれも岩海和尚が描いた書画数点。しかも隆次郎は事に及ぶ前に、ご丁寧に岩海和尚作の複数の書画を二つに選り分け、片方のみを破り捨て、残りには手をつけなかったというのだ。

 相手が武家ということもあって、損害を被った古物商は事を荒立てようとはせず、酒井家が弁済を申し出ても、それを固持して見舞金すら受け取ろうとしなかった──。

 なぜ隆次郎は岩海和尚の書画を破り捨てたのか? しかも隆次郎は他の店でも同様の行いに及びながら、岩海作の書画全てを毀損しなかったのはなぜなのか? 困惑した酒井家当主が北町奉行所に相談したため、裄沢に探索のお鉢が回ってきたのだが──。


 このシリーズの魅力のひとつに、主人公・裄沢広二郎の洞察力をあげる読者が多い。

 シリーズ開始当初、裄沢広二郎は用部屋手附同心という事務方の役人だった。そのお役目は、町奉行の秘書官である内与力を補佐して、各種文書の作成や案件の下調べをする内勤職。事件の真犯人を追って江戸の町を奔走する定町廻り同心のような花形職ではない。だが裄沢は、人の心理を読み、論理的思考を駆使して真相を見破る能力に長けているのだ。

 しかもその能力を発揮するのは、事件の犯人探しだけにとどまらない。武士の見栄や保身、出世欲から生じる奉行所内の不正までをも暴き出し、その鋭い弁舌で敵を追い込んでいく。道理に合わなければ相手が誰であろうと臆せず物申す性質ゆえ、上役受けはすこぶる悪いが、当の裄沢はそんなことは一切気にしない。そんな裄沢のぶれないキャラクターと、ぐうの音もでないほど相手をやりこめる痛快さに多くの読者が魅了されている。

 今作でも裄沢の目を見張るような洞察力と舌鋒の鋭さは健在だ。

 裄沢は騒動の関係者に聞き取りをしていく中、好事家に人気の岩海作の書画に隠された秘密とその書画を破り捨てるに至った隆次郎の関わりを明らかにしていく。

 時代小説ランキングで堂々1位を獲得した人気シリーズは、ミステリー色強めの奉行所小説(江戸版の警察小説)。剣の腕はかっらきしだが、知恵も回れば弁も立つ裄沢広二郎の活躍を最新刊でも是非ご堪能いただきたい。