どんでん返しの帝王・中山七里の社会派ミステリーがついに文庫化!
平和というぬるま湯に浸っている日本社会にも、人知れずテロリストの芽は育ちつつあった。公安警察官の幣原はテロを未然に防ぐために中東過激派組織「イスラム国」を追うが、テロリストを志望したとして逮捕されたのはなんと自分の息子の秀樹だった。父親として息子を守るべきか、公安警察官としての悪を滅するべきか揺れ動く幣原。マスコミが群がる極限状態の中、さらなる悲劇が起きて──。
「小説推理」2020年10月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『テロリストの家』の読みどころをご紹介する。
■『テロリストの家』中山七里 /日下三蔵[評]
公安刑事の息子がテロに関与した容疑で逮捕された! 思わぬ事態に職場でも家庭でも孤立していく男の戦いを描いた最先端のスパイ・ミステリ!
2009年に『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューした中山七里は、2019年までに40冊以上の著書を刊行している。中間小説全盛の昭和の頃ならいざしらず、現在のミステリ作家としては、かなりの多作家ということになる。
だが、中山七里の場合、驚くべきなのは作品数の多さではなく、扱うテーマやスタイルの多彩さと、一貫したクオリティの高さだろう。
音楽ミステリ、法廷ミステリ、医学ミステリ、ユーモア・ミステリ、警察小説、社会派ミステリ、恋愛サスペンスからハードボイルドまで、その作品はひとりの作家のものとは思えないほどバラエティ豊かだが、最新作の本書は、なんとスパイ小説である。
警視庁公安部外事第3課に所属する幣原勇一郎は国際テロを担当する敏腕刑事だ。捜査対象の外国人のアパートに盗聴器や監視カメラを仕掛けて張り込みを続けていた幣原だったが、なぜか急に、内勤の資料整理を命じられてしまう。なにかミスでもしたのだろうか?
数日後、幣原の自宅を同僚の刑事が訪れる。大学院生で就職活動中の息子・秀樹を逮捕するというのだ。秀樹にはイスラム国の兵士募集に応募した容疑がかかっていた。
まさかと思う一方、公安部の調査能力を知る幣原は、捜査線上にあがった息子を信じることが出来ない。妻の由里子や娘の可奈絵からは、職務のために秀樹を差し出したのかと非難され、職場では家族がテロリスト志願者だと気付かなかったのかと責められ、幣原は居場所を失っていく。
さらに事件が報道されると、幣原家は「国民の敵」として激しいバッシングに晒されることになる。だが、これは彼ら一家を襲う悲劇の始まりに過ぎなかった……。
日本でも、結城昌治、三好徹、西村京太郎らによって優れたスパイ小説が書かれているが、それは東西冷戦を背景にした時代の話だ。現代を舞台にするなら、公安警察と国際テロ組織の対決という構図しかない訳だが、刑事の息子がテロリストとして逮捕される、という一見シンプルなアイデアで、緊張感に満ちた作品を生み出す筆力、構成力は特筆に値する。
主人公は刑事としてテロリストに向き合うだけでなく、警察組織、日本社会、何より家族と対峙しなくてはならない。本書は意外性抜群のスパイ小説であると同時に、第1級の家族小説でもあるのだ。