ファシリティドッグとは、病院で闘病中の患者に寄り添う訓練を受けた犬のことです。でも、本書に登場するファシリティドッグのピーボは警察病院で患者を癒やすだけではなく、過酷な任務を与えられていた。連続殺人の真相、自殺で片付けられた不審死、爆弾犯の本当の目的など、ピーボと面会した囚人の懺悔により予想もしなかった真実が見えてくる。犬は可愛くて賢くて人間よりいろんなことを知っている──そう思わせる前代未聞の警察小説の登場です。
「小説推理」2024年3月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『犬は知っている』の読みどころをご紹介します。
■『犬は知っている』大倉崇裕 /細谷正充 [評]
ファシリティドッグが、その愛らしさで、囚人患者の心を開き、事件の重大な秘密を聞き出す。大倉崇裕が、やってくれた。これは、犬好き必読のミステリーなのだ!
多彩なミステリーを発表している大倉崇裕に、「警視庁いきもの係」シリーズがある。容疑者のペットを保護する警視庁総務部総務課“動物管理係”の刑事が、生き物の絡んだ事件を解決する警察小説である。テレビドラマにもなったので、ご存じの人も多いだろう。さまざまな生き物に関する知識が生かされたストーリーに、読めば読むほど感心したものである。
そんな作者が、人間の一番古い友人ともいわれる“犬”を題材にした連作ミステリーを上梓した。しかも、ゴールデン・レトリバーのピーボ(7歳オス)は、警察病院に常駐しているファシリティドッグである。ちなみにファシリティドッグとは、病院で患者に寄り添い、恐怖や苦痛といった精神面の苦痛を和らげる犬のこと。セラピードッグとは、少し役割が違う。入院している子供たちに人気のピーボだが、実は裏の仕事があった。囚人患者の心を開かせ、秘密を聞き出すのである。ピーボのハンドラーである笠門達也巡査部長は、その秘密を端緒にして、事件の再捜査を始めるのであった。
本書は全5話で構成されている。冒頭の「犬に囁く」は、9人を殺害した死刑囚が、7人目の殺人は自分ではないとピーボにいう。笠門が突き止めた、事件の真相は驚くべきもの。「読者の意識を犯人から逸らす方法」という講義があったら、テキストに使用したくなる優れた作品だ。
続く「犬は知っている」は、囚人患者の言葉により、自殺で決着した件が殺人だった可能性が浮上。笠門が暴いた犯人の、あまりにも自己中心的な殺人の動機が恐ろしい。そして、笠門の過去のトラウマが明らかになる「犬が寄り添う」、「福家警部補」シリーズでお馴染みの倒叙形式を使った「犬が見つける」を経て、最終話「犬はともだち」に突入。笠門とピーボが、上司の須脇警視正にかけられた殺人の容疑を晴らす。各話とも、ミステリーの読ませどころがあり、高水準の連作集になっているのだ。また、幾つかのシリーズと作品世界が繋がっているのも、作者のファンにとって嬉しいポイントである。
さらに、ピーボの魅力も見逃せない。子供たちだけでなく、事件の捜査で出会う人々も笑顔にする。要所で笠門に、真相に至る気づきを与える。そもそも過去の件で崩れかかった笠門を立ち直らせたのもピーボだ。人間と犬の間にある、強い絆が心地よい。犬好きならば必読といいたくなる“犬ミステリー”の収穫なのだ。