稀少がんを患う医者として闘病や日々の想いを発信している緩和ケア医の大橋洋平さんは、俳優の小倉一郎さんの『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』をいかに読んだのか。患者と医者の両面からこの本の感想を綴っていただいた。
■『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』小倉一郎 /大橋洋平 [評]
「医療者こそ必読の本」──がんになった緩和ケア医が
俳優・小倉一郎さんの奇跡の闘病体験に見出した重大事実
『俺たちの朝』。鎌倉青春ライフは、三重の片田舎の中学生にはまぶしかった。
『仁義なき戦い 頂上作戦』。ひ弱な若衆の思わぬ侠気に、何度観ても血が騒ぐ。
あの、小倉一郎さんである。キラキラした世界で生きてこられたスターである。今も変わらず三重の片田舎で暮らし、緩和ケア医として患者さんの痛み・苦しみを和らげるのを生業としている私との共通点は、同じ卯年であること以外にまったくないと思っていた。
しかし、このたび小倉さんが上梓された本『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』を拝読して、知った。私たちは「がん」、それも、のっぴきならないステージまで進んだ者同士であることを。
小倉さんは右肺を原発に胸骨・肋骨・リンパ節・脳に転移したステージ4の進行がん。私は10万人に1人の稀少がん、ジスト(消化管間質腫瘍)を患い、肝臓に転移している。映画『股旅』で小倉さんと共演されていたショーケンこと萩原健一さんも、この病で旅立たれた。
思い切って転院した専門病院で素晴らしいドクターと最先端の治療に巡り合い、目視できる範囲のがんをすべて消滅させた小倉さんの姿は、やっぱり昔と変わらずまぶしかった。しかも、抗がん剤の副作用もほぼなかったなんて、奇跡としか言いようがない。私は、今もつらい。
この本が、がんで苦しむ患者さんやご家族にとって、大きな勇気と希望になることは間違いないだろう。しかし、患者さん以上に、ぜひとも読んでほしい方たちがいる。他ならぬ、医療者の皆さんである。
小倉さんは、「ぶっとい出刃包丁でグサッと刺されてグリグリ回されている感じ」の痛みに襲われてもなお、医療用麻薬を飲むのをためらわれていた。便秘、異様な眠気といった副作用もさることながら、「麻薬」とつくものを口に入れることへの抵抗があったという。
もちろん、医師や薬剤師の指示通りに飲んでいれば依存症にはならない。たとえ副作用があったとしても、痛みを抑えることができれば食欲も戻るし、グッスリ眠れるようになる。体力も回復し、治療に好影響が出る。だから、ぜひ飲んでほしい──まさしく、その通りではある。医療者は、患者さんの痛み・苦しみが10だとしたら、「10」取ってあげたいものである。私も、緩和ケア医として患者さんに迷わずそう伝えたことだろう。ジストを患う前までは。
しかし、病んで初めてわかった。これは「医療者目線」そのものだ。実際には小倉さんのように服用に抵抗を覚える患者さんも多いし、中には「ちょっとぐらい痛いほうが、生きてる実感があるんや」とまで訴える“がん友”もいる。もちろん、ドクターやナースには正面切って言えない。
医療の現場では、患者は圧倒的に弱者だ。どんなに医師が目線を低くしてもそれが現実であることを、私は自分が患者になって身をもって知った。患者が取ってほしいと真に望む“痛い”“苦しい”に、私たち医療者はどれほど親身に向き合っているのか。応えられているのか。小倉さんの奇跡の闘病体験は、図らずも、この重い課題を突きつけている。全医療者、必読である。