家康の天下取りを足軽の視点で描き、120万部を超える大ヒットとなっている「三河雑兵心得」シリーズの最新第13巻が発売された。

 秀吉の命令により、先祖伝来の地である三河から、葦の生い茂る湿地ばかりの江戸へと大引っ越しとなった徳川家。だが、街づくり専念する暇もなく、奥州で起こった乱の平定に兵を出すことに。茂兵衛に白羽の矢が立つものの、またまた主君・家康から無理難題を押しつけられてしまう。

「小説推理」2024年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『三河雑兵心得 奥州仁義』の読みどころをご紹介します。

 

 

■『三河雑兵心得 奥州仁義』井原忠政  /細谷正充 [評]

 

主君に無茶振りをされて東奔西走。出世はしても、植田茂兵衛は変わらない。鉄砲百人組を率いて、困難な任務に挑む。人気シリーズ、絶好調の第十三弾。

 

 井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズの、第十三弾が刊行された。前作の北条征伐で、鉄砲百人組を率いる植田茂兵衛は、主君の徳川家康から託された困難な任務を、なんとか果たした。しかしその後、北条氏直と氏規を高野山に送り届ける途中で襲撃に遭い、義弟で配下の木戸辰蔵が左腕を失ってしまうのだった。辰蔵がどうなったのか気になりながら、任務のため旅を続ける茂兵衛。手紙で命に別状はないと知り、ほっと一息である。

 といった感じで始まった本書は、三部構成になっている。最初のエピソードは綾女だ。昔から茂兵衛と因縁があり、一夜の同衾により彼の子を産んだ。ただしその子は、辰蔵とその妻の子として育てられている。綾女自身は現在、田鶴局と呼ばれ、「家康の倅の乳母」になっていた。綾女が死んだと信じていた茂兵衛は、生きていたことに驚く。また、自分の旧知の男と長年にわたり男女の関係にあったことに、複雑な感情を抱く。茂兵衛、四十四歳にもなって純情な奴なのだ。そこが彼の魅力となっている。

 なんだかんだで綾女への想いに、心の中で決着をつけた茂兵衛。次の問題は、豊臣秀吉が家康に命じた関東移封だ。三河民族大移動ともいうべき騒動を経て、江戸に落ち着いてみれば、隣人がなんと服部半蔵だった。かつて真剣で闘った相手である。茂兵衛の見聞(江戸城に関する考察が鋭い)や、半蔵との話で露わになっていく、移封直後の江戸の様子が興味深い。

 一方で茂兵衛は、若い世代の変化を感じる。特に徳川家は、比較的平和な時期が長かったため、平和ボケしているようだ。だが秀吉が惣無事令を発しようと、戦はなくならない。陸奥国の九戸政実が奥州仕置きに反旗を翻したのだ。家康から茂兵衛は、鉄砲百人組を率いて秀吉勢に加わるよう命じられる。さらに秀吉に睨まれず、東北の衆にも恨まれぬようにするため、真面目に戦っているふりをしながら、手を抜けというのだ。しかし九戸の兵は精強であり、茂兵衛は必死で戦うことになる。

 鉄砲百人組を指揮したり、遭遇した敵と肉弾戦を演じたりと、戦場の茂兵衛は八面六臂の大活躍。とはいえ家康から押しつけられた難題をどうするのかと思ったら、意外な方法で解決した。作者、やってくれる。また、甥の恋愛や、茂兵衛と娘の関係など、周囲の人々の動きも気になる。新たな段階に入る時代の中で、茂兵衛たちがどうなるのか、シリーズの今後が楽しみだ。