第5回双葉文庫ルーキー大賞を受賞しデビューした夏凪空の第2作目となる『言葉は君を傷つけない』は、人の言われたい言葉が分かる兄と、人の言われたくない言葉が分かる弟が織りなすバディミステリー。SNSで簡単に人と繋がれる一方で、無責任に言葉が発せられることが多くなったこの時代にこそ必要な、言葉の持つ力と責任に気付かされる作品だ。

 書評家・タニグチリウイチのレビューで『言葉は君を傷つけない』の読みどころをご紹介します。

 

言葉は君を傷つけない

 

■『言葉は君を傷つけない』夏凪空 /タニグチリウイチ[評]

 

言われたくない言葉を読む弟と、言われたい言葉を読む兄がトラブルを解決。辛い言葉を力に変える方法を教えてくれるバディミステリー!

 

 言われたい言葉をかけられた時、はたして人は奮い立つだけだろうか。言われたくない言葉を投げかけられた時、人はただ傷つくだけなのだろうか。夏凪空『言葉は君を傷つけない』はそんな、言葉が持つ力について考えるきっかけをくれる小説だ。

《今大人気のグルメブロガーさんですよねっ!》。ラップでグルメ情報を発信して話題になっているグルメブロガーのhiroと居酒屋ですれ違った義孝は、それがhiroにとっていちばん言われたくない言葉だと知って驚く。

 実は義孝には、目を三秒間合わせることで、人がいちばん言われたくない言葉を感じ取る能力があった。普通なら誉め言葉に思われる言葉がどうして嫌なのか。hiroが居酒屋で食事に髪の毛が入っていたと騒いでいたことや、居酒屋の店長が家族について聞かれたくないと思っていることと何か関係があるのか。それぞれの言われたくない言葉を手がかりに、義孝はhiroと店長との間に漂う不穏な空気の正体に迫っていく。

 特殊能力を使って事件に挑むミステリーといった風情だが、ユニークなのは探偵役がもうひとりいること。義孝には高校の教師をしている仁史という兄がいて、義孝とは反対に人のいちばん言われたい言葉を読み取る力を持っていた。義孝は仁史が探ったhiroの言われたい言葉も手がかりにして、遂にトラブルの原因にたどり着く。

 その後もふたりは、仁史の同僚の男性教師が付き合っていた女性教師から唐突に振られた原因を探ったり、義孝たちの母親が働く出版社に送り付けられた脅迫状の犯人を探ったりと、お互いの能力を駆使して、様々なトラブルに取り組んでいく。

 ここで重要なのが、言われたくない言葉を察知するという、人生であまり役に立ちそうもない能力を持った義孝が主人公ということだ。

 言われたくない言葉を相手に言ってしまって地雷を踏むような事態は避けられても、言ってくれなくてありがとうとは感謝されない。生徒たちの心を掴んで人気教師になっている仁史に比べて、広告会社で働く義孝の社会人生活が上手くいっているように見えないことも、義孝の能力を劣ったものと感じさせる。

 ただ、ふたりが協力して解決していくエピソードを読むうちに、言われたい言葉よりも言われたくない言葉の方にこそ、その人の真実があるのかもしれないと思えてくる。そして、言われたくない言葉の方に、何か変える上でより強い力があるのだということも。義孝がメインになっている理由がそこにある。

 『言葉は君を傷つけない』で義孝が見せてくれる活躍から、自分を成長させるきっかけを感じ取ることが出来る。どうして自分はその言葉を言われたくないのか、外から考えてみることで、きっと止まっている場所から一歩踏み出すことが出来るはずだ。