発売と同時に重版となった話題の社会派小説『半暮刻』。発売前に読んだ書店員からは絶賛の声が相次いでいた。そこで、今回は本の目利きである書店員が実際に読んで感じたことを著者に直接伝える機会を実現。創作秘話から物語の背景、あのシーンの意味などなど──この場でしか知りえない貴重なやりとりを是非ご覧ください。

 

100人中99人が否定しても、一人にとっては特別な一冊になりえる──本にはそういうところがあると思います

 

──本日、『半暮刻』のプルーフに、非常に熱いご感想をいただきました書店員の皆様にお声がけさせていただきまして、オンラインにて座談会の場を設けさせていただきました。まずは、月村了衛先生から一言、最初にいただきたいと思います。

 

月村了衛(以下=月村):今日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。皆さんからいただいたご感想は、本当に励みになって、それを頼りに今日を生きているようなところもあります。どうか本日はよろしくお願いいたします。

 

──基本的には書店員さんからの質問にお答えいただく形で進めさせていただきます。まず、最初は紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さんからの「本書を構想された経緯を教えてください」という質問からお願いできればと思います。

 

月村:今回、双葉社さんで連載を始めるにあたって、どういう作品にしていこうかという話し合いをした時に、ふと思い出したのが半グレを取り上げたドキュメンタリー番組だったんですね。半グレの手下として女性を騙して稼いでいた学生が取材に応じているのですが、逮捕されなかったこともあって、「自分はいい社会経験ができた。この経験を次のステップアップに活かしていきたい」と平然と言ってのけていたんです。さらに、その学生は大手企業に就職したという。それを見ていて、怒りに駆られると同時に、この学生の精神構造はどうなっているんだ、ということを考えたときに、これは日本人だけではなく、人間が本来もつ邪悪さに起因するのではないか、と思い至りました。それを掘り下げていくことで面白い作品ができるのではないかと考えたんです。

 

紀伊國屋書店福岡本店 展開写真

 

──ありがとうございます。ドキュメンタリー番組がきっかけということで、現実に起きたこと、あるいは起きうることが物語を作るうえでのスタートラインになったということになります。それについて、芳林堂書店高田馬場店の江連さんから質問をいただきました。江連さん、お願いします。

 

江連:はい。描写がとてもリアルだったので、 現実のことのようにドキドキしながら拝読したんですが、やはり緻密な取材をされたんですか?

 

月村:事実関係を調べる苦労というのはありました。取材に関しては週刊大衆の編集者の方がしてくださったので、その取材データをいただきました。通常、取材にご協力いただいた方には巻末に名前を出して御礼を伝えるのですが、今回に関してはそれが出来なかったんです。なぜなら、お名前を出せないような方々に取材しているからです。裏社会の人もいれば、実際に大きなイベントを仕切っている企業の方だったり。今回に関してはプロットがしっかりあったので、書く苦労はそこまでなかったんですが、取材で得た情報を取捨選択して、小説として組み込んでいくなかで、しっかりディティールをリアルに描写できたのではないかと思っています。そういう意味でも取材をお願いしてよかったですね。

 

江連:そうなんですね。週刊大衆の編集者さんに感謝です。半グレについては、本書を拝読して他人事とは思えない、そんな気持ちになりました。ありがとうございます。

 

──続いては、今回、書店員さんから感想をいただくなかで、主人公の一人である翔太を救ったのが小説だった、ということに感銘を受けた方がたくさんいたように思います。未来屋書店小山店の松嶋さんもそのお一人でした。

 

松嶋:はい、そうですね。本や人との出会いが翔太を救ったシーンが印象的でした。月村先生に質問なのですが、翔太と同じように、月村先生も人生の節目に出会った本や、気づきのきっかけになった本があったら教えていただきたいです。

 

月村:この一冊、みたいなのがあればいいんですが、私の場合、もう本当にすべての本としか言いようがないですね。100人中99人が否定しても、ある一人にとっては人生の特別な一冊になるかもしれない。本にはそういうところがあると思います。私自身は、本の存在によって、何とか生きてこられた、みたいなところがあるので。ただ、敢えて今の若い人に薦めるということでしたら、山本有三の『路傍の石』であるとか『心に太陽を持て』とかですかね。どちらも直球の作品ですが、他者に対する不寛容とか偏見が可視化された現代において、少年が社会と触れ合うことによって成長していく物語に若い人は触れてもらいたいなと思いますね。

 

松嶋:ありがとうございます。

 

──若い人に読んでもらいたい、という意味ではジュンク堂書店滋賀草津店の山中さんも『半暮刻』の感想に「すべての人に読んでもらいたい一冊」と書いてくださいました。

 

山中:『半暮刻』を読んで、自分自身がモノを知らないだけだったのかもしれませんが、ここで描かれている「真の悪」について考えさせられました。それだけに、この作品をたくさんの人に読んでもらって、悪の道に走らず、踏みとどまってほしいと心から思いました。

 

──若い人に読んでもらいたい、という声は紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さんも書いていらっしゃいました。

 

宗岡:そうですね。自分自身もそうなんですけれども、自分の足元が今、何色なのかっていうのをすごく考えさせられる作品でした。だからこそ、悪に手を染めてる人や、そういう方向に行きそうになっている人たちに、この作品を読んでいただいて、今、自分がどういうことをしようとしているのか、ということを深く感じて欲しいなと思いました。本当に幅広い世代の方に一人でも多く届いてほしいと願っています。

 

月村:ありがとうございます。私もそう願っています。

 

──今回いただいたプルーフの感想で一番長文だったのが広島 蔦屋書店の江藤さんでした。まさに月村さんの思いが「届いた」からでしょうか、号泣した、とも書かれていました。

 

江藤:はい。まさか、こんなに泣かされるなんて・・・・・・。ちょうど読んでいる時、自分自身も理不尽な目に遭っていて、小説のなかで理不尽な目に遭っている翔太が小説の存在によって救われていく。その様子に涙が止まらなくなってハンカチで拭きながら、このシーンがとても刺さったので何度も読み返したんです。こんな経験は初めてでした。

 

月村:ありがとうございます。実は、このシチュエーションはプロットにはなかったんです。書きながら、ごく自然に出てきたというか、本に対する自分自身の思いが、そのまま筆先からにじみ出てきたというイメージです。チョイスした本も、書きながら考えたんです。 最初に、『脂肪の塊』にしようと決めてたわけじゃなくて、翔太がどう影響を受けるのがいいのかと考えた時に、自分の読書体験と翔太が置かれた状況から自然と『脂肪の塊』に行き着いた。それで、さらに書き進めていくと、翔太の隠されていた過去が出てきました。これもプロットにはなくて、全然考えてなかったんですよ。書いてて自分でもびっくりしてしまいました。どんな作品でも書きながら発見することがありまして、 その発見が小説を書く喜びのひとつなんだと思ってます。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
児童養護施設で育った元不良の翔太は先輩の誘いで「カタラ」という会員制バーの従業員になる。ここは言葉巧みに女性を騙し惚れさせ、金を使わせて借金まみれにしたのち、風俗に落とすことが目的の半グレが経営する店だった。〈マニュアル〉に沿って女たちを騙していく翔太に有名私大に通いながら〈学び〉のためにカタラで働く海斗が声をかける。「俺たち一緒にやらないか……」。二人の若者を通した日本社会の歪み、そして「本当の悪とは」を描く社会派小説。

 

 

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