「大丈夫」「またね」「覚えてる?」「きれい」など、私たちの日常にある耳になじんだ言葉たち。そのひとことが、胸に淋しさを宿した人々を温かく包みこむときを鮮やかにとらえた12編。歌人ならではの感性が光る、「言葉」をモチーフにした短編集です。

「小説推理」2023年9月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『ひとっこひとり』の読みどころをご紹介します。

 

ひとっこひとり

 

ひとっこひとり

 

■『ひとっこひとり』東 直子  /大矢博子 [評]

 

ごめん、もういいよ、ありがとうね、待ってる、なんで?  ──ごく普通の言葉たちが、思いがけない場所できらめく。孤独に寄り添う12の短編。

 

 東直子の第2歌集『青卵』にある〈二人乗りのスクーターで買いにゆく卵・牛乳・封筒・ドレス〉という歌が好きだ。特に〈ドレス〉のくだりが好きだ。

 最初は「ローマの休日」さながらに恋人同士で二人乗りをする場面が浮かんだ。卵・牛乳という普段の買い物に始まり、最後はドレス。スクーターが次第に空に昇っていくような、日常からシームレスにつながる非日常感と幸福感に包まれた。ドレスはウェディングドレスかな?

 だが時が経ってもう一度この歌を読んだとき、浮かんだのは女性同士だった。ドレスを買いに行くなら女友達の方が楽しい。気の合う女友達と過ごす休日、素敵じゃん!

 私は短歌にはド素人なので、これらの解釈は間違っていることだろう。でもそう想像するのが楽しかった。

 単語ひとつで読者が思わず情景や続きを想像してしまうような場面の切り取り方は、そのまま『ひとっこひとり』の各収録作に通じる。「大丈夫」「ありがとうね」「ごめん」など、私たちが普段使っている言葉をテーマにした短編集だが、通り一編のものではない。どんな人がどんな場面でどんな気持ちでその言葉を発するのか。読みながら、こう来たか、としばし時が止まってしまった。

 思わぬ病気に罹った主婦の「大丈夫」と、母の訃報に慌てて帰省した「ごめん」は、決して言葉通りの意味が相手に伝わったわけではないが、でも──という話。ホラーめいた展開の「ありがとうね」と「生きてる」。途方に暮れた主人公がおばあさんに出会う「つれていって」はちょっと泣きそうになったし、「待ってた」は切ないサスペンスだし、「もういいよ」は微笑ましい父娘の話だ。

 と書いたが、私が怖いと思った「ありがとうね」に心揺さぶられる人もいるだろう。私が微笑ましいと感じた「もういいよ」が身につまされる人もいるだろう。それだけの余白がある。短い物語だからすっぽりと両手の中に入ってきて、けれどその余白が読者の想像力を刺戟するのだ。登場人物たちのその後を想像しないではいられない。

 どの物語にも共通して描かれているのは孤独だ。が、同時に希望も覗く。言葉とは誰かに伝えるものだから、その相手がいるということは決して孤独ではないのだと伝わってくる。行き先のある言葉の、なんと力強いことか。

 三好愛さんのイラストも印象的だ。時をおいて読み返したくなる短編集である。その時にはまた違った感想を持つのかもしれない。