国家に反逆するテロリストを排除するためには盗聴、盗撮、ハニートラップさえも駆使する超法規的組織「十三階」。表向きには存在しない警察庁警備局直轄のスパイ集団を描いた「十三階」シリーズの第4弾が待望の文庫化!
数々のテロを防いできた規格外の女スパイとその上司が結婚。艱難辛苦を乗り越えて第一子が生まれたのだが、「十三階」に恨みを持つ爆弾犯によって二人は絶体絶命のピンチに陥る。
「小説推理」2021年10月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『十三階の母』の読みどころをご紹介します。
■『十三階の母』吉川英梨 /細谷正充[評]
十三階の工作員として、テロ事件を追いながら、会えない息子のことを思う黒江律子。女から母へ。「十三階」シリーズは、新たなステージに突入した。
吉川英梨のハードな警察小説「十三階」シリーズの第4弾が刊行された。今回のタイトルは『十三階の母』。そう、警察庁直轄の諜報組織『十三階』に所属する主人公の黒江律子は息子を産み、母親になったのだ。
前作の一件で黒江律子は、夫で上司の古池慎一と、ふたりの間に生まれた慎太朗と共に、アメリカで逃亡生活をおくっていた。しかし家族が、何者かに尾行されるようになる。十三階に恨みを抱く、天方美月の仕業か。現職総理大臣の娘で、自身も議員である美月なら、律子たちの現状を調べることも可能だろう。
一方、十三階を仕切る藤本乃里子のもとに、爆弾が送りつけられる。殴り書きされた「イレブン・サインズ」は、十三階の汚点である北陸新幹線爆破テロ事件を起こしたテロ集団と関係ある、新たなテロ集団なのか。帰国した古池と律子は十三階に復帰。しかし慎太朗は死んだことにされ、別れて暮らすことになる。子供と引き離され、不安定な心を抱えながら、仕事に従事する律子。やがて工学舎大学の公認サークル「イレブン・サインズ」のメンバーで、泉セバスチャン(セブ)に目を付ける。十三階の新人で、北陸新幹線爆破テロ事件の被害者である鵜飼真奈を、律子はセブに接近させるのだが……。
凄腕の工作員である律子だが、母親になったことで脇が甘くなったようだ。しかも十三階に復帰しても、離れ離れになった慎太朗のことが気になって、すぐナーバスになる。さらに新人の真奈の存在が、過去の悔いを掻き立てるのだ。本シリーズの特色だが、常にヒロインは追い詰められ、ギリギリの状況に置かれる。本書もそれを踏襲しているが、母親という要素が加わることで、さらに厳しいものになっている。そうした律子の心の動きが、読みどころといっていい。
もちろん、ストーリーの面白さも抜群だ。新たな新幹線テロと思われた事件が、途中から変容していく。誰が敵で、何が進行しているのか。終盤で明らかになる一連の事件の真相と、律子の行動に驚愕。相変わらず、容赦のない物語である。
また、タイトルも見逃せない。子供の母親になった律子は、真奈の母親役も求められる。その結果がどうなるのか。ラストの一行で示された、タイトルの意味に納得。そして十三階の新たな敵との抗争が予感される、シリーズの続きが待ち遠しいのである。