警察小説の王道といえば殺人事件を担当する「捜査一課もの」だが、本作は窃盗犯を担当する「捜査三課」を描いた異色の作品。「殺し」に比べれば「盗み」は一見地味なテーマと思われがちだが、警察小説の名手・今野敏が描くとリアルで魅力的な警察小説が完成するのだ。
4億円の秘宝「ソロモンの指輪」は一体誰に盗まれたのか? そして被害者の身に迫る伝説の暗殺教団の正体とは!? 捜査三課ひと筋の刑事・萩尾秀一の観察眼が冴え渡る人気シリーズ第三弾が待望の文庫化。
「小説推理」2020年8月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『黙示』の読みどころをご紹介します。
■『黙示』今野敏 /細谷正充[評]
警視庁捜査三課の萩尾秀一と、私立探偵の石神達彦が、盗まれた“ソロモンの指輪”を追う。ファン、大歓喜。今野作品の主人公のコラボが実現した。
警視庁刑事部捜査三課の萩尾秀一と、相棒の武田秋穂を主人公にした、「萩尾警部補」シリーズの最新長篇が刊行された。これだけでも嬉しいのに、本書には、さらなる仕掛けがある。なんと、『神々の遺品』『海に消えた神々』で、超古代史絡みの事件を解決した私立探偵・石神達彦が登場するのだ。作者のファンにとっては、たまらないコラボレーションである。
松濤の高級住宅街で、盗難事件が発生した。被害者は、資産家でIT長者の館脇友久。しかしなぜか、盗まれた骨董品について、口を濁す。詳しい話が広まると、命が危ないというのだ。
なんとか館脇から話を聞くと、盗まれたのは古代イスラエルのソロモン王が所持していた“ソロモンの指輪”だという。指輪に関するさまざまな伝説に困惑しながら、捜査を進める萩尾たち。館脇が雇った私立探偵の石神達彦や、以前の事件で知った美術館のキュレーターにして贋作師の音川理一も加え、推理ディスカッションを繰り広げる。その一方で、萩尾が声をかけた捜査一課の刑事の暴走により、事態は紛糾していくのだった。
萩尾たちの仕事は窃盗事件の解決だ。彼らが相手にする犯人は、職業的犯罪者であることが多い。捜査の方法も、犯行現場から手口を見抜き、関係者に当たっていくのが基本となる。とにかく地道なのだ。
そんな萩尾たちが、現実離れした事件に挑む。ソロモンの指輪、『山の老人』、アトランティス、オリハルコン……。もともと作者はこの手のネタが好きで、初期作品からよく使っていた。だからこそ無理なく、ソロモンの指輪を題材にしながら、リアルな警察小説に仕立てることができたのだろう。この組み合わせの面白さが、本書の大きな魅力となっている。
おっと、組み合わせといえば、石神達彦の存在も見逃せない。元刑事の私立探偵だが、携わった事件の関係で、一部の古代史・超古代史マニアに有名という、きわめてユニークな人物である。また、過去の出来事から警察を嫌っている。この石神を萩尾と共演させることで、ストーリーがより面白くなっているのだ。
さらに終盤になると、萩尾が関係者全員を集めて、事件の謎解きをする。まるで本格ミステリーのような展開に喜び、意外な真相に驚く。まさに本書は、今野敏でなければ書けない、異色にして王道の警察小説なのだ。