何かのコンプレックスを抱えているために、いつも自分にも社会にも馴染めない人は、どうしたら前向きになれるのか。本書の4つの物語は女性特有のコンプレックスである胸の悩みから始まり、そのわだかまりをそっと溶かしてくれる癒やしの短篇集だ。

「小説推理」2023年4月号に掲載された書評家・三宅香帆さんのレビューで『ここにあるはずだったんだけど』の読みどころをご紹介します。

 

ここにあるはずだったんだけど

 

ここにあるはずだったんだけど

 

■『ここにあるはずだったんだけど』佐々木愛  /三宅香帆[評]

 

小胸というコンプレックスをめぐる4つの物語。男女問わず共感のできる普遍的なテーマが描かれ、自分に自信を持つことを許してくれる傑作短篇集!

 

 コンプレックスは増幅していくものである。なぜならコンプレックスとは、他人の評価ではなく、自分の評価に拠っているものだからだ。コンプレックスを生み出すきっかけや増長させる理由は他人にあったとしても、それでもコンプレックスをより強いコンプレックスにしていくのは、誰でもない、自分自身だ。だからこそコンプレックスから抜け出すのは難しい。自分で自分の呪いを解くのは、この世で最も難しいことのひとつだから。

 本書『ここにあるはずだったんだけど』には、「自分の胸が小さい」というコンプレックスをめぐる物語が4篇収録されている。とはいえ男性女性問わず、あるいは小さい胸に悩んだ経験がなくても、読者は共感できるポイントがあるはずだ。なぜなら本書に収録された作品は、人間の普遍的なコンプレックスをテーマに描かれているから。

 たとえば「EあるいはF」。主人公は、自分が好きな俳優の結婚に思いがけずショックを受ける。なぜなら結婚の相手が、元グラビアアイドルだったから。結婚お祝いムードだったインターネットの反応も、彼女の素性がわかった途端、手のひらを返したかのように批判的な内容に変わる。そして主人公は「EあるいはF」という文字に取り憑かれるようになる。なぜなら元グラビアアイドルのカップ数が、EかF、だったから。それまでなんの意味も持たなかった自分のAカップが、途端に気になってくる。自分の胸の小ささが、コンプレックスに変わる。さて、彼女のコンプレックスを解消するには、豊胸手術しか手はないのか。昔の思い出や家族との会話を経由しながら、彼女は自分と向き合ってゆく。

 なかでも小説途中に挿入される、「自信がある」友人との会話には、誰もがどきりとさせられるだろう。自分への自信のなさは、自分の内部で完結させられるものならいいのだが、実はそうもいかず、他人への蔑みに翻りやすい。つまり自分程度の人間に自信を持つことを許していないのだから、自分と同じようなレベルの他人がやたら自信を持っていると、「なぜ私は自分を許せないのに、あの人は自分を許しているのか」と苛立ってくるのだ。──だが、本来は誰もが自信を持っていいはずだ。自分への自信を削ぐコンプレックスなんか、実は、自分が自分にかけた呪いなのだから。

 はたして、登場人物たちは自分への呪いを解くことができるのか? ぜひ本書のページをめくって、葛藤する彼女たちの姿を知ってほしい。