本屋大賞第2位にランクインした『ひと』では“譲る人”をテーマに、ひたむきに生きる青年を描いた小野寺史宜さん。そんな小野寺さんが最新作『君に光射す』で描くのは、“助ける人”。人助けをしたのにそれが原因で教師を辞めることになった主人公が、おばあさんの鞄を盗もうとする小さな女の子と出会うところから物語は始まります。自助が喧伝されるこの時代にこそ読んでほしい一作です。

「小説推理」2023年4月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『君に光射す』の読みどころをご紹介します。

 

君に光射す

 

君に光射す

 

■『君に光射す』小野寺史宜  /大矢博子[評]

 

助けを求める人を放っておけない──けれどそんな「あなた」は誰が助けてくれるの? 差し伸べる手を優しく描く、小野寺史宜の真骨頂。

 

 母親が育児放棄し、祖父母に育てられた圭斗。彼は小学校の教師になったがとある事情で退職、現在はショッピングモールで警備員の仕事をしている。

 ある日圭斗はモール内のゲームセンターで、置引をしようとしている小学生の少女を見つけた。捕まえるのではなく、落とし主を探していたという体裁にしてその場をおさめたが、客として訪れた別の商業施設でまたも同じ少女の同じ行動を目にしてしまい……。

 淡々とした筆致が印象的だ。主人公の一人称で心の中が丁寧に語られるのに、感情をたかぶらせるような場面はまったくない。1週間も母親が帰って来ず、ガスが止められた中にひとりでいたという体験と、教師になって小学生たちとハンカチ落としをして遊んだという体験と、マッチングアプリで女性と知り合った体験が、ほぼ同じトーンで語られるのである。

 つまり、圭斗はそういう人なのだ。他にも本書には辛い出来事が描かれるが、彼はいずれに対してもただ静かに考え、選択し、行動する。目の前のことに誠実で、足搔いたり抵抗したりしない。けれど自分が誰かを助けることができるのなら、迷わずそうする。抑制された語りから、そういう人なのだと伝わってくる。それがとても心地よい。だが同時に、なんだかとても寂しく感じられるのだ。

 彼は辛い境遇にある少女を助けようとする。教師を辞めることになったのも、人助けが理由だった。彼自身はそこに後悔も迷いもないのだろう。けれど本当に助けが必要だったのは、あなたではなかったか。助けてと叫ぶこともなく、ただ受け入れてきたあなたこそ助けられるべきなのではないか。そう思わずにはいられない。

 そして気づく。圭斗のような人はきっとたくさんいる。辛い現実を受け入れて、その上で人のために動く優しい人たち。他者に多くを求めず、自分がしたいからするのだと微笑んでしまうような人たち。これはそんな人たちへの応援歌なのだ。

 圭斗の環境は、はじめは孤独に見えるかもしれない。けれど読み進めるうちにそうではないと気づくだろう。彼が静かに選択してきた彼の人生は決して間違っていなかったことが、後半になって少しずつ、人のつながりという形で表れ始めるのである。なんと希望に満ちた物語だろう。

 これは救いだ。報われなさに心が折れそうになったとき手にとってほしい一冊である。