2021年11月に急逝した笹本稜平の人気警察小説シリーズ「越境捜査」。警視庁の刑事と神奈川県警の刑事。本来交わらぬはずの2人が互いの管轄はもちろん、時には法律をも越境して巨悪に立ち向かっていく型破りな捜査は好評を博し、テレビドラマ化もされた。そのシリーズ第8弾が文庫化された。
「小説推理」2020年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『相剋 越境捜査』の読みどころをご紹介します。
■『相剋 越境捜査』笹本稜平 /細谷正充:評
ふたつの事件が繋がったとき、恐るべき真相が見えてくる。笹本稜平の人気シリーズ第八弾。鷺沼たちタスクフォースは、巨悪を倒すために一線を越える。
「小説推理」に連載され好評を博した、笹本稜平の「越境捜査」シリーズの第8弾が刊行された。警視庁捜査一課の鷺沼友哉と、神奈川県警瀬谷署刑事課の不良刑事・宮野裕之を中心としたタスクフォースは、今回も巨悪に立ち向かう。
府中競馬場で、宮野が何者かに襲われた。管内で緊急警報があって駆けつけたものの、事件性なしになった一件が原因らしい。金の匂いを感じて調べ始めた宮野は、片岡康雄という投資家の家で、犯罪があったのではないかと睨む。康雄の父親は、与党の大物衆議院議員だ。さらに片岡家の近くの裏山で、女性の腐乱死体が発見される。宮野は殺人と確信するが、神奈川県警は自殺で処理した。
一方、鷺沼の所属する部署は、大森で起きた殺人事件の帳場に駆り出される。4週間ほどたった男性の白骨死体は、最初、病死扱いだったが、急に殺人と断定されたらしい。やがて女性の死体の身元が分かると、男性の死体との関係も判明。ふたつの事件が繋がった。だが、神奈川県警と警視庁の上層部の動きが怪しい。この事態に鷺沼と宮野は、いつものメンバーを集めてタスクフォースを結成。表の捜査とは別に、裏の捜査も進めていくのだった。
公明正大な方法では捕まえることのできない巨悪に立ち向かうため、鷺沼たちのタスクフォースは刑事の一線を越境する。これがシリーズの基本パターンだ。本書が面白いのは、刑事としての表の捜査と、タスクフォースの非合法な捜査が同時進行する点だろう。表の捜査は、あくまでも正攻法。手掛かりを追い、関係者を当たり、薄紙を剥がすように事件の構図を明らかにしていく。これぞ警察小説といいたくなる面白さだ。
しかし敵は、あまりにも巨大である。どうやら警察に、強い圧力がかけられているらしい。神奈川県警と警視庁の全面戦争になりかかったり、捜査本部に内通者がいる可能性が浮かび上がったりと、予断を許さない展開が続いて、ページを繰る手が止まらない。
そして結成されたタスクフォースだが、事件の容疑者に揺さぶりをかける非合法な作戦が愉快痛快。ここまでやれば天晴だ。終盤の畳みかけるようなサスペンスもいい。今回も鷺沼たちの越境が、大いに楽しめた。
また、鷺沼の上司の三好や同僚の井上といった、タスクフォースのメンバーが、どんどん宮野の影響を受けているのが、妙に可笑しい。こうした登場人物の変化も、シリーズの読みどころなのだ。