フリーライターの湯川和花は殺人事件のルポを書くために裁判を傍聴する。30代無職の娘がシングルマザーの母親を絞殺。娘は犯行を認めおり何事もなく結審すると思われたが、衝撃的な逆転劇を目の当たりにする。左陪席の不知火春希裁判官が最後の質問で、被告本人しか知りえない事実を指摘して公判を振り出しに戻してしまったのだ。『夫の骨』(日本推理作家協会賞受賞)で大ブレイクした“どんでん返しの新女王”による連作法廷ミステリー!
「小説推理」2022年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『不知火判事の比類なき被告人質問』の読みどころをご紹介します。
■『不知火判事の比類なき被告人質問』矢樹純 /細谷正充:評
不知火判事の「他に類を見ない質問」が、ありふれた5つの事件の、意外な真実を暴き出す。絶好調の矢樹純が送る、サプライズ満載の法廷ミステリー。
作家の進化をリアルタイムで目撃するのは、読者の大きな喜びである。一例を挙げれば昨年から今年にかけての矢樹純だ。2020年に短篇集『夫の骨』『妻は忘れない』で大きく注目(『夫の骨』収録の表題作は、第73回日本推理作家協会賞短編部門を受賞)された作者は、21年の『マザー・マーダー』で、趣向を凝らした連作に挑戦。さらに今年の7月には、書き下ろし長篇『残星を抱く』を刊行した。このように見れば明らかなように、新たなチャレンジをしながら、順調に進化しているのだ。
そして本書である。5つの作品を収録した連作集だ。作者のチャレンジは、ふたつある。ひとつは各話の冒頭が、後の裁判の被告人の視点で始まることだ。
と書くと、冒頭を犯人の視点にして犯行を描く、倒叙ミステリーだと思われるだろう。実際、第1章「二人分の殺意」は、倒叙ミステリーといっていい。毒母によって幼い頃から妹の面倒をみさせられ、まともな社会生活を送れなかった汐美という女性が、母親を殺す場面から始まる。
それが終わると場面が変わり、裁判を取材するライターの湯川和花の視点でストーリーが進行する。明々白々な事件と思いながら裁判を傍聴する和花だが、左陪席の裁判官・不知火春希判事の「他に類を見ない質問」により、意外な真実が明らかになっていく。
各話とも、このパターンを踏襲している。なかでは第3章「燃えさしの花」が、意外性の連続で大いに驚いた。本書のベストだろう。後の被告人視点の冒頭も、多様な活かし方をしている。単なる倒叙物にしなかったところに、意欲的な作者の姿勢を見ることができるのだ。
さらに、傍聴マニアの二人組の使い方も巧み。第1章では、二人組の会話により、事件の要点を読者に分かりやすく伝えると共に、不知火判事への期待を高めていくのだ。ストレスなく読ませるための技術も、高レベルなのである。また話が進むごとに、和花と二人組が仲良くなっていくのが愉快であった。
そしてラストの第5章「書けなかった名前」で、和花自身が4年前の事件の関係者として、法廷に立つことになる。裁判の取材を通じて、ライターとして成長してきた和花が、どう不知火判事と向き合うのか。事件の真相を推理し、法廷で披露する和花だが……。ここから先は読んでのお楽しみ。ただ、ミステリーの技巧と作者の進化を、あらためて感じたとだけいっておく。